最終構成案

地下サーバー室の奥。

その場所に、梨絵と久坂は並んで座っていた。


久坂は、正式に“復元された社員”として再びこの場に戻ってきた。

だが彼はもう、かつての“沈黙する副業ゴーストライター”ではなかった。


彼の目には、記憶を書き、記録に変える者の強さが宿っていた。


2人は、システム中枢にある「存在定義構文」への最終草案ファイルを開いた。

そのタイトルは──


【final_identity_core_v1.0】


久坂が、ゆっくりと入力を始めた。


【定義提案】

存在 = 記録 × 社会機能 × 閲覧頻度

    + “他者の記憶に宿る痕跡”

    + “消えてもなお話される声”

    + “その人を思い出した者の動揺”


梨絵が横から追記を加える。


・存在の可視条件に「物語性」を追加すること

・記録ではなく“共鳴値”を第一階層として採用すること

・削除条件に「思い出されなくなるまでの猶予期間(思念保証)」を設定すること


久坂が指を止めた。


「これって、もうルールってより……祈りみたいだな」


梨絵は笑った。


「それでいいの。“祈り”をルールにしてしまう世界が、

 本当に人が生きられる社会かもしれないから」


草案の送信ボタンを押す。

“送信”というより、“提出”という気配だった。


画面に通知が走った。


【提出完了】

提案内容は“記憶の同期数”によって承認可否が判断されます。

現在の記憶共有件数:計364件

(感情感応ログ含む)


システムは、数字ではなく“人々の記憶”によって草案を検証し始めていた。


「存在の定義を、忘れた人じゃなく、“覚えていた人”が決められるようにする」

それが、2人の“最終構成”だった。


久坂は静かに言った。


「次が、ラストだな」

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