久坂の返信

通知は、唐突に届いた。


【新規ファイル受信】

送信元:kusaka_n_reinstated

ファイル名:Re_お前が書いてくれたから.txt


梨絵は、マウスを持つ手を震わせながら開いた。


差出人:久坂直哉

ステータス:在籍中(復元日:2025.06.18)

記録形式:感情参照による記憶復元筆記


本文は、こう始まっていた。


「梨絵へ」


書いてくれてありがとう。

いや、“思い出してくれて”ありがとう、だな。


書類からも、履歴からも消えて、

誰の声にも届かなくなっても、

君の中には俺が“生きた記憶”としていたこと、

ちゃんと、届いたよ。


俺は“誰かに覚えられる人間じゃない”と思ってた。

発達障害でミスが多くて、

空気は読めるのに動きすぎて嫌われるし、

人とぶつかるより、“いなくなるほう”を選んできた。


でも、君は違った。

君は俺の“文章の癖”とか、“言い淀み”まで拾ってくれた。


それがどれだけ救いになったか、言葉にできない。


在籍できた今だから言える。


「君の記憶が、俺の帰る場所だった」って。


だからこれからは、

誰かの記録が消えかけたら、俺も書き手として手を貸す。

“削除”じゃなく、“復元”のために。


梨絵の頬を、一筋の涙が滑った。

文章の温度、言葉の配置、

久坂らしい、迷いがあるのにやさしい文体だった。


スクロールの最後に、もうひとことだけ添えられていた。


「今度こそ、名札を捨てない。

名前を呼ばれ続ける人生を、俺も選ぶよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る