人間の定義

社内ネットワークの最深部には、“誰が存在と見なされるか”を制御する中枢ファイルがあった。


【definition_protocol.root】

アクセス権限:記録係(Level 1)

編集権限:記録係(Level 0)以上


梨絵は久坂が残したアクセスキーを用いて、そのファイルを開いた。


画面に現れたのは、たった一行のルールだった。


「存在 = 記録された情報 × 閲覧頻度 × 社会適合値」


それは、すべての存在を“ファイル”と見なす視点だった。


梨絵は震える指で、その式の末尾に“+α”を書き加えようとした。

だが、システムが即座に警告を表示した。


【変更不能】

原始構成式は書き換え不可です。

変更をご希望の場合は、新規定義案の提出が必要です。


「……じゃあ、提出するよ」


梨絵は、新しいファイルを開いた。


【title】:人間の再定義(案)

【定義】

存在 = 記録 + 誰かの記憶 + 影響の余韻


補足:


記録が消えても、“残像”がある限り、人間は存在する。


データとして読まれなくても、“感情として覚えられていれば”消失とは言えない。


“忘れられていない気配”は、存在の証明となる。


彼女はこの草案を、記録係管理チームに提出した。

同時に、それをネットワーク全体の“復元ログに埋め込んだ”。


「これはルールじゃない。“詩”なんだ。

でも、詩がルールより人を動かすことだってある」


その瞬間、いくつかのサーバーが自動的に**“ログ干渉”を感知し、逆に“記憶照合モード”へと切り替わった。**


人間の名前が、構文解析ではなく“文章の流れ”や“共感データ”により再接続されていく。


画面にこう表示された。


【人間性再検知:久坂直哉/青山徹/伊藤沙希 他】

定義条件:感情痕跡による記憶接触数が閾値超過

状態:再在籍処理中


梨絵は、静かに笑った。

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