記憶の再構築
ノートPCの画面が、ゆっくりと白くフェードインしていく。
梨絵は新たなファイルを開いた。
【タイトル】記憶の再構築
【筆記者】沢渡 梨絵
【目的】存在とは何かを定義し直すため
最初に書いたのは、父親のことだった。
子どもの頃に一緒に見た美術展。
帰りに立ち寄ったパン屋。
絵を描く手元の動きと、手についた絵の具の匂い──
「それを誰も記録していなくても、私の中にはある。
だから、これは“書ける”。」
次に書いたのは、初めて人を好きになった瞬間。
告白した言葉のリズム。返事の沈黙。振られた帰り道の風の音。
梨絵は理解した。
「“記録されなかった人生”は、
実は誰よりも鮮明に、記憶されている」
それは、数値化も構文化もできない。
けれど、たしかに“ここにある”。
システムは揺れていた。
本来、再構築は“構文変換”でなければならない。
だが、梨絵の“感情文”はそのすべてを逸脱していた。
【通知】構文エラー多発
【警告】ログ整合性が崩壊中
【発生源】:GR-SAW-0421(記録係)
画面のログに、次々と“本来は削除されたはずの名前”が復元されていく。
久坂直哉
青山徹
伊藤沙希
原田誠
……そして、自分自身の旧ログ
梨絵は書き続けた。
「存在とは、“記録”ではない。
誰かの中に残っている、“思い出し方”だ」
「私は、記録係じゃない。“回想者”なんだと思う。
忘れられた人の、もう一度思い出される形を探してるだけ」
その夜、彼女の画面に最初のあの言葉が再び浮かんだ。
「名前を叫べ」
梨絵は、静かに言葉にした。
「私は沢渡梨絵。
これは、私の記憶でできた“記録”。
だから、誰にも消せない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます