編集権の奪還

システムの深部から、通知が届いた。


【記録係認証通知】

氏名:沢渡 梨絵

認証ID:GR-SAW-0421

編集権限:付与済

ステータス:筆記者(active)


正式な“記録係”への昇格──

つまり、梨絵は今、人間の存在を“書き換える”側に入った。


だが彼女の選択は明確だった。


「書き換えない。書き戻す。

これから私は、“改ざんの対抗者”になる」


ログインすると、記録係だけが入れるセクションが開いた。

その最奥に、“現在進行中の捏造候補一覧”があった。


candidate_042:根本裕二(削除予約済)


candidate_043:望月あかり(履歴改変中)


candidate_044:sawari_rie(キャンセル保留)


──自分の名前が、まだそこにあった。


梨絵は迷わずクリックし、「キャンセルを確定」にチェックを入れた。

画面が一瞬ブレたあと、候補一覧から自分の名前が消えた。


自分自身を“書き換え対象”から排除した。

“自分を守れるのは、自分の手だけ”だった。


次に、久坂の復元草稿に記載されていた削除対象ログの一覧を参照した。

そこには記憶にあるはずの人物たちの“構成データ”が記録されていた。


梨絵はその中で、ひときわ不自然なログを見つけた。


【deleted_identity_template_v0】

名前:???

履歴:消去済

削除理由:起点


そのログの作成者情報に、彼女は息をのんだ。


Editor: root_unknown

閲覧制限:記録係でも不可


「……この“???”の人物こそが、最初に“存在を削られた人”……?」


その正体は、梨絵にも読めなかった。


彼女は決めた。


まずは、自分の編集権限を最大限に使い、削除対象者たちの履歴を再書き込みする。

書類ではなく、記憶をもとに。

人事記録ではなく、人と人のあいだにあった“感情”をもとに。


彼女は初めて、正式な編集画面でこう入力した。


名前:伊藤沙希

ステータス:在籍復元

備考:記憶保持者 複数あり(sawari、soma、aoyama)

再生根拠:日記・口癖・昼の光景


カーソルが止まる。

エンターキーを押した瞬間、画面が淡く光った。


【復元処理完了】


梨絵は、静かに呟いた。


「これが……“私が書く人間の定義”」


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