再構成者(ゴーストライター)

「書くという行為には、選択が伴う。

 何を残し、何を捨てるか。

 だから、“記録者”は“世界の一部”を書き換えていることになる」


久坂の残した草稿に、そう書かれていた。

それはまるで、彼が自身の役割の重さを最後まで理解していたかのようだった。


梨絵の端末に、“記録係交代手順”の通知が届く。


【候補者確認:sawari_rie】

条件:記憶耐性あり/構文変調率高/接触履歴:削除済対象(kusaka_naoya)

処理開始予定:48時間以内


その瞬間、彼女は理解した。


この世界には“神”はいない。

ただ、“書き手”がいるだけだ。


そしてその書き手もまた、“誰かに書かれている”。


社内のネットワークから、久坂の最終更新ファイルにアクセスする。


【ghost_profile_kusaka.log】


その中には、久坂が最後に“書いた存在”のリストが記録されていた。

どれも削除された社員たちを元に構成された“新しい人格”の草案。


梨絵は愕然とする。


「久坂は……“消された者たちを、名前を変えて再構成していた”?」


たとえば──


“青山徹”の声は、“大森俊”という別名で社内チャットに存在していた。


“伊藤沙希”の癖は、“新谷”という新人のメール文体に反映されていた。


彼らは“忘れられた”のではなかった。

“別の名前で再利用されていた”。


久坂はその再構成に、抵抗の余地を残していた。

だからこそ、管理側は彼を“書き換えた”。


「なら、私は……どうする?」


梨絵の中に浮かんだのは、ただ一つの選択だった。


「“書かれた存在”に、

もう一度“書き直す権利”を与えることはできないか?」


彼女は新しいファイルを開いた。


タイトルはこう書いた。


【recovery_draft_001】

「久坂直哉:記憶からの復元」


それは、管理システムによる自動生成ではなく、

梨絵の記憶と言葉と痛みによる“逆構築”。


「私は“書く側”になる。

でも、“消すため”じゃない。

誰かの人生を“もう一度呼び戻すため”に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る