代理人格製造マニュアル

社内ファイルサーバーの最奥。

普段は一般社員の閲覧権限では到底開けないフォルダ群。

しかし、久坂が遺した暗号ファイルの中に、**「unmask_token」**と記されたトークンコードが残っていた。


それを使って、梨絵は凍結されたアーカイブフォルダへアクセスする。

フォルダ名は無記名。

だがその中に、一つだけ異様なファイルがあった。


【manual_autogen_proxy人格構築手順書_第13版】


彼女はクリックした。

文書は白地に黒文字。

味気なく、それでいて異常に緻密だった。


【目的】

社会的非適合、または履歴統合困難な対象者の“再配置”に伴い、人格テンプレートを生成し、

既存構成に無理なく挿入するためのプロセスを定義する。


【構築手順(抜粋)】


削除候補者の構文・語調・視線傾向をサンプリング


人格断片(言語習性、反応速度、記憶トーン)を抽出


既存記録と矛盾が出ない程度に再構成(“妥当性限界”)


氏名・学歴・経歴は“既存テンプレ群”より選出


覚えられやすく、かつ印象に残りにくい容貌パターンを自動配置


“記録係”による最終筆記承認後、人格生成を確定・投入


梨絵は愕然とした。


この“製造手順”には、“誰かの過去”や“感情”や“願い”がまるで存在していない。

人間を、フォーマット化された“業務リソース”として扱っている。


けれど、もっと恐ろしいのは最後の行だった。


【備考】

再構成された人格の筆記承認は、“記録係(ghost_writer)”が行うこと。

筆記者は履歴に残らず、最終責任者として位置付けられる。


現在の記録係:kusaka_naoya


「……久坂が?」


梨絵は震える唇を噛んだ。

彼は、消されただけじゃなかった。

彼自身が、“書き換えの実行者”として登録されていた。


つまり──


久坂は誰かに書き換えられただけでなく、

書き換える側として“仕組みの一部に組み込まれた”。


文末に、さらに1つだけログが残っていた。


【記録係交代フラグ:sawari_rie_pending】


それは、彼女自身の名前だった。

彼女は、“次の書き手”として選ばれつつあった。

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