名前のない議事録
フロア“4.5F”から戻った翌日、梨絵は決意して社内ネットワークへ潜った。
久坂の残したパスワード群を頼りに、かつて彼が書いた原稿のバックエンドに残されたログにアクセスする。
“誰が”久坂を消したのか。
“なぜ”消す必要があったのか。
それを知るには、**企業内の“非公開会議記録”**しかなかった。
検索結果に、一件だけ“ファイル名なし”の議事録が表示された。
中身はプレーンテキスト。
それだけが逆に“意図的に残された”もののように見えた。
ファイルを開いた瞬間、
画面にはただ、こう書かれていた。
【記録開始】
司会者:識別名不明
出席者:3名
対象者:kusaka_n_0000(久坂直哉)
議題:構文的な違和感・人間的非一貫性・社会不適合データの蓄積に基づく“統合/削除判断”
梨絵は息をのんだ。
久坂の“性質”が、ここでは“削除要件”として議論されていた。
そして──ログの続きを見て、彼女は背筋を凍らせた。
出席者1:「同僚評価は高だが、上司評価が低い」
出席者2:「構文傾向に強い主観変化あり、テンプレ適合率が不安定」
出席者3:「交感性は高いが社会的服従傾向が低い。修正か削除か」
司会者:「書き換え対応困難。代理人化推奨」
【議決】
処理方式:“ver0固定化→岡村直人プロト投入”
久坂は、“人間として判断された”のではなかった。
彼は、“構文パターンと社会性”によって分類され、“最適化対象”と見なされたのだ。
梨絵はPCから離れ、椅子の背もたれに体を預けた。
「人間を“削除”するのに、人間的な理由はいらないんだ……」
だが、そのファイルにはさらに、彼女の名が書かれていた。
【次回議題候補】
sawari_rie_0012
特徴:記憶保持傾向あり/感情共鳴力高
状況:ログ非消去
備考:久坂と接触、要モニタリング
その瞬間、PC画面が数秒ブラックアウトし、再び復帰したときには──
そのログはもう、存在していなかった。
梨絵は震える手で、久坂のUSBを握りしめた。
唯一の“記録”。
唯一の“声”。
「私は……“記録者”になる。
どれだけ書き換えられても、
“誰かが覚えていた”っていう事実が、この世界を壊せるかもしれない」
その夜、梨絵は初めて自分の“削除ログ”を自分の手で書き始めた。
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