代理人たち
ポストの中に、厚みのある封筒が届いていた。
差出人名はなかった。
ただ、宛名だけが丁寧な字で書かれていた。
「沢渡 梨絵 様」
封筒の中にはUSBメモリと、一枚のメモ。
「書かれて消える前に、“読んで”くれ。
お前はまだ、“書き換えられていない”から。
久坂直哉」
梨絵はPCにメモリを挿す。
ファイルは一つ、「final_voice_k.docx」──
開いた瞬間、ページのトップにこう記されていた。
「これは“俺の最終ログ”であり、
この世界で“消された人間たち”の構造を記録した報告書である。」
久坂の記述によれば、
“岡村直人”は何人もの“削除対象者”の断片から構成されていた。
記憶、履歴、習性、癖、文体──
それらはバラバラに“削除ログ”として会社のサーバーに保存されていた。
そして、そのログを基に“ひとつの新しい存在”が合成され、
それが新規社員として登録される──
「だから“岡村”は、誰かひとりではない。
“消えた人々の代理人”なんだ。」
梨絵は鳥肌が立った。
──なら、自分の記憶の中にいた“誰か”も、
実は“書かれて作られた存在”だったのではないか?
「代理人に選ばれた者は、過去を持たない。
だから“それっぽい”経歴が流し込まれる。
名前と部署、記憶されない笑顔。
書かれた言葉だけが、その人の人生だ。」
その夜、梨絵は夢を見た。
大量のファイルが並ぶサーバールーム。
すべてのフォルダに、削除対象のイニシャルが記されている。
その中にひとつ、見覚えのあるものがあった。
【file_sawari_rie_x1】
それを開こうとした瞬間、後ろから誰かがこうささやいた。
「あなたの人生、“もう一度書き直してもいいですか?」」
目覚めたとき、梨絵のノートPCは自動的にスリープ解除されていた。
画面には一つのファイルが開かれていた。
【new_entry_candidate_rie_sawari.doc】
“新しい代理人”のテンプレートだった。
梨絵は震える指で、久坂の原稿の最後の一文を見つめた。
「代理人を拒む方法は一つ。
自分の記憶を“誰かと共有する”こと。
書き換えよりも早く、“語る”こと。」
彼女は、誰かに“語る”ために立ち上がった。
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