最終稿
カーソルが瞬いていた。
無音の部屋。
壁の時計は午前3時を指していたが、時間の感覚はどこかへ消えていた。
久坂直哉──
自分という人間の“痕跡”は、もうこの世のほとんどから剥がれ落ちていた。
けれど、まだ書ける。
まだ、自分の手で残せる。
「私は久坂直哉。
40歳。ADHDとASDを併せ持ち、何度も会社を辞めた。
上司に嫌われるたびに、“誰にも必要とされていない”気がしていた。
けれど、それでも僕は、生きていた。」
書き進めるうちに、指先がかすかに熱を帯びてくる。
書くことでしか、もう自分は生きていられないと理解していた。
ページ数が増えるごとに、ファイルサイズが大きくなる。
──だが、それと同時に“奇妙な現象”も始まった。
3ページ目を書き終えたとき、ファイルのプロパティが自動的に更新された。
作成者:okamura.n
更新者:unknown_writer
「……誰だ、“更新者”って……?」
さらにその後、段落ごとに“注釈”のようなものが勝手に挿入されていく。
※この文は不正確です。
※この体験は記録されていません。
※この人物の実在は確認できません。
まるで、“誰か”がこの文章を“編集”しはじめている。
久坂はゾッとした。
それはまるで──
**自分が物語の登場人物であり、読者に“書き換えられている”**ような感覚だった。
書き続けるうちに、突然ファイルが強制的に保存された。
名前はこう書き換えられていた。
【kusaka_final_draft_ver0】
「“ver0”……?」
久坂は悟った。
これは、誰かが“最初に書いた久坂直哉”を元に、何度も“修正”してきた記録だ。
つまり、自分という人間は──最初から“書かれていた存在”だったのかもしれない。
「じゃあ……俺は、“俺”を誰に書かれた?」
その問いの直後、モニターが真っ黒になった。
そして、白い文字がひとつ。
「それを知ってしまったら、次は君が“書く側”になる。」
静寂。
そして──ファイルが再び開いた。
タイトル:存在の捏造
著者:久坂直哉
編集者:あなた
久坂はもう、久坂ではなかった。
彼は今、誰かの“履歴”を編集する側にいる。
そして画面の先には、また新しい名前が浮かび始めていた。
──名前のない誰か。
──次に“消される”か、“書かれる”かも知れない、あなた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます