書き換えられた履歴
「岡村って誰?」
そう言ったのは、大学時代の旧友・大山だった。
久坂は半信半疑で、飲みの席でその名を出してみたのだ。
昔から記憶力に優れ、誰の話も笑って聞ける彼なら──
何か、覚えているかもしれないと思った。
だが、大山の表情は真顔のままだった。
いや、真顔すぎるほど整っていた。
まるで、その質問そのものが存在しなかったかのように。
「……いや、なんでもない」
久坂はごまかして笑い、ビールを口に運んだ。
苦味が舌の奥で広がりきる前に、胃の中で“何か”が重たく沈んだ気がした。
帰宅後、久坂は自分の職務履歴書を確認した。
今の職場に応募する際、過去の仕事歴を詳細にまとめていた──そのはずだった。
しかし、ファイルを開くと、見覚えのない一文が差し込まれていた。
「在籍期間中、岡村直人と共にプロジェクト推進に携わる。」
直人──フルネームだ。
なぜ直哉と似た名前なのか。偶然だろうか。
それとも、これは自分の別の姿なのか?
慌てて過去のメール履歴も調べる。
件名、宛先、添付ファイル──どこにも岡村直人という名前はない。
だが、ある一通のメールの本文中に、かすかにその名が見える。
「本日15:00より、岡村直人が最終確認に参加します。」
見覚えが、ある。いや、ない。いや──書いてなかったはずだ。
メールはGmail。Googleがすべてを記録していると信じていたのに、
その記録さえも書き換えられている。
「……俺、書いたのか?」
自分の記憶が不安定になっていることに気づく。
ADHD特有の抜けか? それともASD特有の思い込み?
どちらでもない気がした。
いや、どちらでもあるのかもしれない。
久坂はパソコンを閉じた。
ディスプレイに映った黒い画面に、わずかに人影が揺れていた。
後ろを振り返っても、誰もいない。
深夜、ふと気づくと、久坂のスマホがバイブした。
通知は一件。差出人不明のファイルが添付されている。
【ファイル名】
resume_okamura_final.docx
指が震える。
そのファイルは、まるで誰かの代わりに久坂が書いたもののように、
すでにWordの履歴に保存されていた。
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