第626話

水着屋さんの前までは、いつものふんわりと天使なひかだった。

それが、店内で水着を見た瞬間に自身のものを選ぶよりも、俺に水着を合わせ始めたのだ。



……裏切りだ。



ひかだけは、ひかだけは俺を助けてくれると思っていた。

オアシスは消えた。

残されたのは堕天使と悪魔二人。

それなら俺は、生け贄か。



そろりそろりと気付かれないように、後退する。

店の出入口まで辿り着いて、俺はやらかしてしまった。



「ありがとうございましたー。」



店員さんが、俺に向かってにこやかに頭を下げる。

それを聞いて、元天使が声をあげる。



「仁くん、まだ決まってないよ?」



「そうよ、これ試着ね。」



『……やだ。』



「着たら全部見せるのよ。」



……オーマイゴッド



魂が抜けかけている俺の手に、各々が自分セレクトの水着をのせていく。

毎年、俺はパーカーを上から羽織っているから、下に何を来ても変わらない。

そして、タンクトップとビキニの短パンの水着を着ている。

今年もそれにしようとした。

しかし、姫に言われたのだ。



「龍さんに、女として見てもらうチャンスじゃない?」



そんな言葉に乗せられて、俺はノコノコと着いてきた。

店員さんに試着室に案内され、他の試着室に三人も入って行った。

扉を閉めようとした直前、姫が扉の隙間から顔を出してにっこりと微笑んだ。

その微笑みが、俺の背筋を凍らせているとも知らずに。



「仁、龍さんに可愛く見てもらいたいんでしょ?」



『……。』



否定できない。

でも、こんなことでそう見てもらえるとは思わない。



「不満が顔に出てるわよ。」



『……んー。』



結局、姫に逆らえなかった俺は一枚また一枚と水着を試着しては三人に見せた。

ご丁寧に、全てのものに一人ずつ一言感想を添えて。



「これね。」



「異論なし。」



「可愛いーっ!」



三人がお気に召したのは黒のバンドゥビキニ。

ご丁寧に、胸元にはフリルがあしらわれたデザイン。

ズボンがほしかったのに、三人に駄目だと止められた。

三人の押しに負ける俺も俺だ。



「よし、水着完了!」



「次は?」



「「下着っ!」」



ひなちゃんの言葉に、姫とひかが声を揃える。

下着か……この前ひなちゃんから貰ったの使ってない。



『……俺はいらない。』



「は?」



「え?」



「あ?」



姫に関しては、ドスの効いた声で俺を脅しにかかる。

買わないなんて、どうなるか分かるよな?とでも言いたそうな顔。

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