Lesson 4 『リュウちゃん、どこからが浮気なんだろうね』

女を抱いて家に帰った日。



「浮気ってどこからが浮気なんだろうね!」


こいつが玄関で待ち構えていた。



「何だって?」


「浮気だよ!」


「キリヤマに浮気されたのか?」


「そんなの隆太に言う義理はない!」


「何なんだよ…」


項垂れながらこいつから視線を外して靴を脱ぐ俺の腕に、「ねぇだから浮気!」とこいつは抱き付いてくる。



その途端。



「やっぱり!」


と俺を見て、睨むように目を細めたこいつは、「ママ!隆太ママ!隆太やっぱり遊んでたみたい!」とリビングに向かって叫ぶ。



こいつの言葉にドアの向こうから、「隆太ー、ガキだけには気を付けろよ」と大きなお世話だと思う言葉が返ってくる。



大体何だ。やっぱりって事は、こいつは俺がそういう風に"遊んで"たのを知ってたって事か?



「おい?」


「隆太がこんな時間に帰ってくる時はいつも石鹸の匂いがするんだからね!」


俺の腕から身体を離したこいつは責めるような口ぶりで俺を睨む。



「別にそんな事は今更だからいいんだけど!」


「いいのかよ」


嫉妬してくれたのかと思って喜んだのも束の間。こいつはどうも浮気の方に話を戻したいらしい。



2階の俺の部屋までの道中、こいつは俺に付いてきて後ろで浮気について持論を説いていた。



部屋に入ってベッドの前に座り込めば、こいつは浮気浮気言いながらいつものように俺の上に座る。



「で、浮気が何だって?」


「別に!キリやんが浮気だって勝手に怒っただけ!」


「キリヤマが?何で?」


「知らない!私が隆太とキスしてるよって言ったら怒っちゃった!」


「お、おぅ…」


「俺にはハグもさせてくれないのに、浮気だ!って!」


「うん」


「当たり前じゃんね!?私キリやんと触れたら早死にしちゃうのにね!?」


「うん」


「浮気も何も、隆太とは物心つかない時からしてるのにね!」


「うん」


「でもそれが浮気になるんだって!」


「ふーん」


「だからもう隆太とはキスしない!」


そう言い切ったこいつは矢継ぎ早に喋ったせいか少し息を切らしていて。



息が落ち着くのを待ってから、こいつの腰に両腕をまわした。



「もう俺とはキスしない?」


「うん」


「浮気だから?」


「そうだよ」


「でもさ、里紗」


「何?」


「俺らのキスは浮気じゃねぇんだなこれが」


そう言ってこいつの唇にチュッとキスを落とすと、こいつはキョトンと俺を見つめた。



「何で?」


「お前がさっき言った通り」


「うん?」


「親が子供にキスしたりすんじゃん」


「うん」


「お前もされたろ?」


「うん、ママにも隆太ママにもされた」


「俺も昔からお前にしてるだろ?」


「うん」


「だから、俺らのは浮気じゃねぇ」


「分かんない!」


「分かんねぇならいい」


「知りたいよ!」


「本当に知りたい?」


「うん!」


「じゃあ違うやり方でお前に説明する」


「やり方?」


「そう。お前に恋人とのキスを教えてやる」


「何か違うの?」


「全然違う」


「何が違うの?」


「やれば分かる」


そう言って俺は、こいつのぷくりと膨れた下唇を親指で軽く開かせて、ゆっくりと時間を掛けて恋人とのキスを教えてやった。






「分かったか?」


「え、と…何だっけ?」


「俺らのキスが浮気じゃねぇって事」


「あ、うん」


「だから俺らは今まで通りやりたい時にキスすりゃいいんだ」


「そっか」


「何ボーとしてんだよ?」


「ううん、別に?恋人とのキスって言うのが気持ち良かったなって」


「気持ち良かった?」


「うん」


「そりゃそうだろ、俺ら幼馴染みだからな。他の奴じゃこうはいかねぇぞ?」


「そうなの?」


「あぁ、赤の他人にいきなり舌入れられてみろよ。気持ち悪ぃだろ?」


「だね」


「そうだよ。だからお前はキリヤマとはできねぇ」


「そうなの?」


「あぁ、あいつは赤の他人だからな」


「彼氏なのに?」


「彼氏とか関係ねぇ。キリヤマ自体が赤の他人だろうがよ」


「そっか」


「あぁ、そうだ」


「じゃあ私の唇は隆太専用って事だ?」


「そう言う事」


「それにキリやんと触れちゃったら私早死にしちゃうもんね」


「うん」


「じゃあキリやんにはどう言ったら仲直りできる?」


「大丈夫。明日になったらキリヤマから連絡来るから」


「分かった」




「恋人のキスからが浮気って言うなら、やっぱりリュウちゃんは浮気してるよね」



だから、やっぱりって何だよ…


…俺、ピンチ。

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