Lesson 3 『リュウちゃん、キスする?』

最近こいつが可笑しい。



何が可笑しいって、



「千代堂のよもぎと白玉パフェ買ってやろうか?」


「いらない」


前は涎を垂らして食い付く程だった大好物にも、こいつは振り向かなくなった。



「何で?」


「いらないから」


「嫌いになったんか?」


「私の大好物だよそれは」


「知ってる」


「うん」


「じゃあ何で?」


「いらないから」


納得できないまま会話は永遠ループ。



「昨日の晩飯もあんま食べてなかったろ?」


「うん」


「腹減ってない?」


「空いてる」


「だろうな、腹鳴ってるもんな」


「うん」


「俺の弁当やるから食べとけよ」


「いらない」


「倒れるぞ?お前午後イチ実験入ってたろ」


「大丈夫。飴舐めとくから」


いつもの覇気がないこいつが実験中に倒れたと聞いたのは、これから約1時間後だった。



大学内の保険センターの医務室に慌ただしく入った俺が見たのは。



「あ、隆太」


真白いベッドの上でにっこりと笑ってみせたこいつ。



ただこいつの顔色が少し悪そうに見えるのは、気のせいなんかじゃないだろう。



「貧血かなぁ?」


参った参ったと笑うこいつにドカドカと近付いて、思わず「馬鹿かお前は!」と怒鳴ってしまった。



そんな俺に吃驚したように肩を上げてみせたこいつは、すぐに「何よぅ」と反抗する。



「だから食べとけっつっただろうが!」


「だっていらないんだもん!」


「いらなくても食うんだよ!」


「飴舐めてたもん!」


「……」


頑なに反抗するこいつに怒りよりもどうしてと思う気持ちの方が大きくて、次第に落ち着きを取り戻した。



それでもここで負けちゃいけねぇと訳分かんねぇ事思って、ガタッと怒ってるんだぞ風に音を立ててベッド傍にあるパイプ椅子に座った。



「……」


「……」


黙ってこいつを見つめていれば、ぷいと逸らされる視線。



「何拗ねてんだよ?」


「拗ねてないもん!」


「拗ねてんだろうが」


「拗ねてないってば!」


「ここ膨れてんだって」


人差し指で膨れていた頬を突けば、「痛い!」と喚かれた。



「痛くねぇだろ、脂肪ついてんだから」


笑ってそう言ってやれば、こいつの白い頬が真っ赤になって、「隆太の馬鹿!」と潤んだ瞳で俺を罵る。



そのまま布団に潜ってしまったこいつに、「おい?」と呼び掛けてみるものの反応はない。



どうやら本気で怒ってしまったようだ。



「里紗?」


「……」


「おーい」


「……」


「里紗ちゃーん?」


「……」


布団に隠されて姿の見えないこいつの、多分頭だろう場所をツンツンと突いてみれどもやはり反応なし。



さて困った。どうしたものか。


自分でも分かるくらいに眉が下がった時。



「……だからダイエットしてるんじゃん」


「ダイエットだぁ?」


聞こえてきた小さな声に大袈裟な反応が出た。



「私、デブだから…」


布団のせいで聞こえづらいその声に、障害物を取り払えば、中にいたこいつは顎の肉を摘まみながら絶望的な顔をしていた。



「やばいよね、これは…」


「何だ今更。キリヤマに何か言われたのかよ?」


「言われた!」


「はぁ?マジで言ってんのかそれ」


「マジだよ!前はポッチャリしてて可愛いって言ってくれてたのに、最近はブタ扱いだよ!」


バッと上半身を起こして「どうして!?」と俺に詰め寄るこいつに、俺はマジで吃驚して声も出なかった。



ブタ扱いだと?


こいつの体型はこいつの魅力でもあるのに!許せねぇ!



こいつを見て「ポッチャリしてて可愛い」とは思えど「デブいな」なんて思った事がない俺は、こいつがキリヤマごときにそんな事を言われてたなんて思いもせず、こいつが悩んでいた事にも気付けなかった。



不覚だ…!



「だ、大丈夫だ。と、と、と、とりあえず落ち着け落ち着こう、な?」


「隆太が落ち着いて!どもってるよ!」


「お、おぅ…」


「大丈夫、私は落ち着いてる」


「よ、よし。じゃあまずまとめよう」


「うん」


「お前はキリヤマにブタって言われたんだな?」


「うん」


「分かった。とりあえず安心しろ、お前はブタじゃない」


「うん」


「そしてデブでもない」


「デブとは言われてない」


「そうか。何て言われた?」


「色が白いから余計太く見えるんだよな、白ブタみたい」


「そこも大丈夫だ。色白なのもポッチャリ体型なのもお前の魅力だから」


「そうなの?」


「おう。自信持っていい」


「分かった」


「他には何て言われた?」


「最近里紗ちゃんがもの食べてる姿目に余るかも」


「……」


「……」


「…酷いこと言うな」


「うん」


「よ、よし…それも大丈夫だ。俺はよもぎと白玉パフェを食べてるお前を見るのが好きだからな」


「そうなの?」


「あぁ、そうだ」


「…じゃあいい。今度よもぎと白玉パフェ買って」


「分かった。特別に桜色メリーゴーランド風あんこパイも買ってやる」


「やったぁ!」


「他には?」


「そのくらいかな」


「なんだ。良かったな、全部俺に言わせればキリヤマの見る目がねぇだけだわ」


「本当にそう思う?」


「うん。俺はお前の白い肌もポッチャリした身体も食べてる姿も全部好きだよ」


「そっか」


「うん」


「ならダイエットしなくていいね」


「もう2度とあんな奴のためにすんな」


「そうだね」


「じゃあさ、隆太がそうやって私を甘やかせるから私が本当に白ブタになっちゃっても、私と一緒にいてくれる?」


「うん」


「本当に?白ブタの私とキスできる?」


「もちろん」


今のままで十分魅力的だからな。



「リュウちゃん、キスしようか」


「うん」


「どこがいい?」


「じゃあ唇で」


「分かった」

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