第2話

「智!今日遊んでかねぇ?可愛い後輩がぞっろぞろだぞ!!」


「ごめん、俺先帰るわ」


その日の講義が全て終了した後、嬉しそうに顔を綻ばせてやって来た隆太を断って俺は校舎を出た。



少し急ぎ足の俺の見つめる先は、ただ一点。



「……」


君さえ見つけなかったら、隆太と可愛い後輩と遊んでいたのかもしれない。



が、俺の瞳にばっちり君が映ってしまった今は、君の方が大事なのだ。



「梨紗ー」


俺は一人で歩いてる梨紗にこっそり近付き、後ろから抱き付いた。



「きゃっ……離せ馬鹿」


驚いた後の暴言。



「梨紗、酷い」


なんて笑いながら俺は梨紗の隣をキープした。



最早梨紗の照れ隠しの暴言だって、嬉しくなる要素となっている。


俺を無視する梨紗を笑いながら見てると、いつも通りの頓狂な声が俺に届いた。



「柏木せんぱ~い!さようなら~」


「きゃぁぁぁ~もう可愛い!!」


少し離れた所からこっちを見ている後輩の女の子ににっこり笑って手を振り返すと、やはり予想通りに奇声が響いた。



俺ってやっぱ格好良いんだな、と改めて感じる。


隆太は、男が可愛いって言われて嬉しいかよ、なんて言うのだけれど。


俺は全然嬉しいと思う、だって実際可愛くもあるのだから。



なんて思ってにやけてると、



「…痛っ!!」


「貴方が来ると煩いのよ」


……突然襲われた足の痛みは、梨紗が俺の足を踏みつけた所為で。



大して痛くもなかったのだが、少し大袈裟に足を押さえてみたりしてみたが、案の定梨紗の顔が心配そうに歪む事はなかった。


さっきの言葉は、俺が煩いっていうより俺を取り巻く周りが煩いって事だと思う。


けれど周りが煩いのは俺の所為ではない。



……うん?俺の所為か?俺が格好良いからいけないのか?


なるほど。



梨紗は遠回しに俺に格好良いって言ってるんだ、と言う結論に至った俺は「ありがと」と素直にお礼を口にしたのに、梨紗は素早く「何でよ」と突っ込み入れてきた。



その時。



「…見た?今あいつ智の足踏んだよ」


「誰あいつ?2年?」


「最近智に付き纏ってる奴じゃん?」


こそこそとどこからかそんな声が聞こて来た。



わざと梨紗に聞こえるようなボリュームのそれは、もちろん俺にも聞こえて。


何か文句を言ってやろうと声の主を探そうとした時、



「こっちが付き纏われてるんだけどね」


聞こえた梨紗の強気な声に、俺は視線を梨紗へと戻した。



あんな意地悪を言われて平気な筈がないのに。梨紗はいつもの無表情で何事もなかったようにしっかり前だけを見つめていた。



「……梨紗ちゃん、それはないよ」


「本当の事でしょうが」


そんな梨紗に何故か俺の方が泣きそうになってしまって、それを悟らされないようにちゃらけてみると、梨紗は本当にさっきの声なんて気にしてないのか、はっきりと俺への文句を言った。



その姿に……不本意だけど、格好良いなって思ったんだ。






次の日は、一度も梨紗に会う事はなかった。


今までもそうだったけれど、ここ最近構内で会い出したのは、進級して時間割が変わったからだろう。


俺はこの時間でこの講義を取った過去の自分に『ナイス』と拍手を贈りたい。



けれどほとんど会う日程は、逆に会えない日の寂しさが強調されるのだ。


だから今日は一緒に帰ろうと思い、2年生がうろちょろしてる辺りに行ってみる事にした。


梨紗の居場所は分からないけれど、そこに行けば何とかなるだろう。



「きゃあああ!」


「ななな何でここにっ!?」


そこに着けば俺への奇声で埋め尽くされ、梨紗ではない声に少し残念に思いながらも俺は一番手前にいる女の子に声を掛けた。



「ねぇ、稲生梨紗どこに居るか分かる?」


「え、え、」


話し掛けられた女の子は、顔を赤らめて戸惑ったように短い言葉を発した。



あぁ、可愛い。


微笑むと、女の子はより顔を赤くして……代わりに隣にいた女の子が教えてくれた。



「稲生さんはあそこですっ!!」


その指が差した方向を視線で追い、その場所を的確に掴むと、俺は彼女達にお礼を言って足早に梨紗の下へと向かったのだった。



「……」


だが、そこに梨紗の姿はなかった。



近くに居た女の子に聞くと、どうやら先輩に連れられて講義室へと行ったらしい。


どうして会えない日は、こんなにもことごとく会う事を邪魔されるのだろうか。


神様ってきっとリア充撲滅運動の会長で世の中の想い合っている二人を引き裂こうとしているんだ、なんて思いながらサークルが行われている場所まで向かう。



……て、あれ?


想い合っている二人って……梨紗は俺が好きだけれど、なら俺は?



いくら考えても永遠ループの疑問を頭の中で繰り返している内に、目的の場所まで辿り着いていた。






「……梨紗いる〜?」


目立たないように小さくノックをして、まずは少しだけドアを開けて中を覗いた。



と。



「…っ!!」


まさか。俺は予想もしなかった目の前に広がる光景に、ただただ驚いてしまった。



「あんた、智に近づいてんじゃないわよ」


4年生の女の先輩達の奥に、探し求めていた梨紗の姿を確認した。



「智が迷惑してるの分からない訳?」


先輩達は大勢で梨紗を囲みながら理不尽な言葉を浴びせていたのだ。



何がなんだか分からなくて、あんなにも可愛いと思っていた女の子が陰でこんなにも陰湿な事をしているなんて知らなくて。


俺は梨紗に迷惑なんてした事ないし、それに梨紗に近付いてるのはいつだって俺からなのに。


色んな事実が一気に襲い掛かってきてショックを受けていた俺に、いつもと変わらぬ落ち着いた梨紗の声が届いた。



「なんだ、貴方達あいつの犬?あ、違う。飼い主か」


なんて、先輩達になのか俺になのか、どっちに対してなのか分からない嫌みを吐き出し、くすくす笑った梨紗。



こんな状況なのに珍しく笑う梨紗に、俺がぽかんとした瞬間、



「…なら首に鍵でも掛けてなさいよ。迷惑してんのはこっち」


梨紗は5人くらいの先輩相手に睨みを利かせたのだ。



「…てめ、調子乗ってんじゃねぇぞ!!!」


その言葉に逆上した一人の先輩が、ポケットからカッターナイフを取り出したのを見るや否や、



危ないっ…!!


俺は走って梨紗を抱き寄せ、その身を庇っていた。



瞬間、ナイフが俺の頬をかすって、鋭い痛みと共に生温かいものが俺の頬を流れた。



「…っ!!」


皆の息を呑む音が重なった大きな無声音が室内に響くと、



「……」


その余韻を残して、室内には暫くの間静けさが宿った。



その場に居る全員が俺の存在を確認すると、その視線を痛む頬に向ける。



「…っ智!!」


最初に口を開いたのはナイフを手に持った先輩で、俺の頬から流れる血を見てその顔を青くさせていた。



「…先輩、そんな物出したら危ないよ」


俺は梨紗を抱き締める腕を離さないまま、先輩を見た。



別にもう離しても害はないのだろうけど、俺が梨紗に触れていたかったから、そのまま抱き締めていた。



「智…顔が、」


先輩が俺の頬に触れようと伸ばしてきた腕を途中で引き込め、自分の胸の前へとおさめる。



それは暴れる心臓をどうにか抑えようとしているように見えた。



「なんで……」


信じられないと言うように呟かれた言葉。



その言葉が言わんとする事は分かっていた。何故俺が自分の顔を傷付けてまで梨紗を庇ったのか。


自分大好き顔大好きな俺が、危険をおかしてまで梨紗を庇った。


自分が傷付くかもしれないと分かる場面に自ら飛び出した。


その事実に吃驚してるんだろう。



…正確には傷付けられたのだけれど、でも、もっと他に救いようがあった筈だ。


別に俺が切られなくても、充分梨紗を救えた。ちょっと梨紗の腕を引っ張れば、梨紗にナイフが当たる事なく、俺も無事だっただろう。



なのに、俺は梨紗を庇うことしか頭になくて。


…自らナイフに向かったんだ。



なんで?どうして?


その疑問の答えはすぐに導き出された。



…――あぁ、そうか。梨紗が好きだからだ。俺は、梨紗が、好きなんだ。


今更ながらその事実に気付いた俺は、君が言うように本当に馬鹿なのかもしれない。




俺は珍しく大人しく手中に納まる梨紗をぎゅっと抱き締めた。



「俺、自分の顔が傷付くより梨紗が傷付く方が嫌なんだ」


その言葉に先輩達がその瞳を大きく見開いた。



「な、何で…?」


「梨紗が好きだから…」


梨紗は俺の方を振り向かないから顔は見えないけれど、…だけど、俺の全身に梨紗の震えが伝わってくるんだ。



その姿は泣いてるように思えた。


平気なフリをしていてもやっぱり怖かったのだろう。当たり前だ。ナイフを向けられて怖くない筈がない。



ごめんね、俺の所為で…


大丈夫だよとは口に出さなかったけれど、代わりに抱き締める腕を強めた。



「…先輩、もう梨紗をいじめたりしない?」


出した声は思っていたより掠れていて。



俺の言葉に先輩は慌てたようにこくこくと何度も頷いてくれた。


その事にほっとして、



「よかった」


俺はそっと息を吐き出して微笑んだ。



その瞬間、青かった先輩の顔が面白いように赤く変わる。



「他の人達にも言ってくれる?もう梨紗をいじめないでって…」


とどめに俺が少し首を傾けると、先輩は赤い顔を必死に縦に振ってくれた。



もうこれで安心だ、とほっと息を吐き出すと、俺の腕の中に納まっている梨紗の肩が少しだけ震えた。


最後には梨紗にも謝ってくれた先輩達が出て行ってから、俺はやっと梨紗を離した。


本当はずっと抱き締めていたかったけれど、そうはいかないから名残惜しいけれどゆっくりと離したのだ。



その腕が完全に離れると、ゆっくり振り向いてくれた梨紗の瞳には俺が映っていた。



「梨紗…、」


ごめんね、怖かったよね……そう思っても何と言ったらいいのか分からなくて、彼女の名を呟いたのだけれど。



「貴方って馬鹿ね。なに刃物に向かって行ってんのよ」


泣いていると思っていたのに、梨紗はいつもと変わらぬ表情と声で俺に毒を吐いた。



しかしその瞳が俺の頬を捉えると、その顔は歪んで。



「こっち来て」


梨紗は提げていた鞄を何やらごそごそと探り始めたかと思うと、出てきたその手には小さな救急箱が。



「本当馬鹿」


なんて暴言を吐きながら俺の頬に片手を優しく添えると、傷口を見てやっぱり眉間に皺を寄せた。



「…痛っ、…もっと優しくして」


「うるさいわね」


少し乱暴に流れた血を拭き取られ批難の声を上げるとまたも優しくない言葉。



だけどそんな言葉とは裏腹に優しくなった手、――その手は小さく震えていた。


震えが止まらない梨紗の手を掴んで、両手で包み込む。


梨紗は吃驚していたけれど、俺の手を払う事はしなかった。



「…ありがとう」


暫く経って、梨紗の震えが治まり始めた頃、梨紗は拗ねたようにそう言った。



払うように離れていった手。俺の手の平に残った温もりに少し寂しくなる。


寂しさを埋めるように拳をぎゅっと握り締めたけれど、温もりは消えていく一方で、寂しさは埋まらなかった。


助けてくれてありがとう、か。震えている事に気付いてくれてありがとう、か。きっとそのどっちもなのだと思う。


それに前にも思ったのだけれど、梨紗の拗ねた顔は本気で可愛い。


ムッとしたように尖らせた唇。



「…何笑ってんのよ」


怪訝そうに動いた梨紗の唇に、俺はゆっくりと自分のそれを重ねた。



「……っ!?」


柔らかくて、壊れてしまいそうで、すぐに離した唇。



吃驚して固まってる梨紗の顔は瞬時にタコのように赤みを帯びていった。



「…可愛い」


少し笑った俺に、我を取り戻したのか梨紗は赤い顔をもっと赤くして。



「さ、最低!!有り得ない!!」


赤くなり過ぎた顔を隠すように、手の甲を口の前に置いた梨紗。



それさえも可愛くて愛しくて。



「梨紗、俺の彼女になってよ」


初めての恋心にコントロールなんてものの仕方は知らないから。



この状況で告白する馬鹿に、しない馬鹿。同じ馬鹿なら、少しの可能性とこの胸に宿るほんのちょっとの期待に賭けよう。



「…え、」


「彼女になってってば」


梨紗の揺れた瞳を見たような気がした。



「梨紗、」


「馬鹿じゃない!?本当KYなんだから!!」


はい。この状況で告白する馬鹿は、ただの馬鹿なようです。



…――梨紗ちゃん、俺本気なんですけど。






「梨紗、これから毎日一緒に帰ろう?」


「…」


校門で待っていた俺を無視して通り過ぎて行く梨紗、しかし構わず俺は梨紗の隣をキープ。



「梨紗、手ぇ繋ご?」


なんて聞いていながら、返事も聞かずにその小さな手を握る。



「……」


無意識にも顔を赤らめてしまったのが気に入らないのか俺に少し睨みを利かせながらも、梨紗はその手を振り払う事はなかった。



…可愛い過ぎる。


あの日から何かが変わった俺達の関係。梨紗は相変わらず毒舌だけど、何かを諦めたのか、前ほど俺を邪険にしなくなっていた。



「梨紗、好きだよ」


「……」


「梨紗は?俺の事好き?」


「……」


「なんで無視するんだよう…」


拗ねたフリを見せてやるけれど、今更無理に聞き出す必要もない。



梨紗の気持ちなんてとっくに知っているのだから。


今俺は梨紗が好きで、梨紗なんて俺よりももっと前から俺を好いてくれているのだ。


俺が梨紗を好きになった瞬間から、俺達は両想いになったなのだ。


そう分かっているからこそ、俺は何も言わない梨紗に好き勝手できた。


流石に俺も、いくら好きな子だからって相手の気持ちが分からないのに唇を奪ったりなんてできる訳がない。


梨紗が俺を好きだから、俺が梨紗を好きだから、こういう風に手を繋いで歩くだけで幸せなのだ。


俺達が俗に言う"恋人"になるのは、もう少しこういう曖昧で"恋人"にはない幸せを楽しんでからでも遅くはないだろう。


今その確信に触れた言葉を言っても、きっと梨紗はこの間同様、『馬鹿じゃない』と照れ隠しの暴言を言うんだ。






俺達は毎日一緒に帰った。


まぁ正直に言えば、全部、俺が校門や梨紗出現ポイントで待ち伏せしているからなのだけれど。



「梨紗ー」


「……」


「好き」


「……馬鹿」


俺の愛情をその一言で片付ける梨紗。



分かってる。照れているのだとは、分かっている。それもとっても可愛いのだけれど。


だけど、1度くらい素直になって欲しいとも最近思っている。



俺は、好きなら好きだと伝えたいし、抱き締めたかったらその身体をすっぽりと胸におさめたい。


いつも自分の気持ちに従っているから、梨紗の素直なところも見てみたいんだ。


俺の『好き』に、たった二文字の『好き』を返して欲しいんだ。




…――なんて思っていた俺は君の言う通り、馬鹿だったね。






その日、俺は久々に呼び出されていた。


誰もいない中庭に、俺と呼び出した張本人の女の子。


目の前で頬を赤らめながら俯いている女の子は、緊張からか忙しなくその指先を動かしていた。



可愛いなぁ。


その可愛らしい姿に微笑んでいた俺に、覚悟を決めたのか女の子は顔を上げた。



「あのっ…好きですっ」


久し振りの告白に、少し胸がドキドキと高鳴った。



……けれど、このドキドキは『これ以上聞いてはいけない』と、俺の中での警告だったのかもしれない。



「同じ3年なんですけど…」


頬を赤く染めて上目使いで俺を見つめる彼女の瞳は少し潤んでいた。



へぇ同級生なんだ、初めて見る子だな。なんて、俺は悠長に思っていたんだ。



里紗りさって言います」


「え、そうなんだ?…――良い名前だね」


同じ名前だ、なんて無意識ににこにこと微笑んだ俺に、照れたように彼女ははにかんだ。



「ふふ、伊能いのう里紗です」


「…伊能里紗って君の名前が?」


「はいっ」


「え、それって同棲同名の子いるよね」


凄ーい、なんて柄にもなくテンションが上がってしまって。少し高くなった声に、自己嫌悪。



「あ、はい、そうなんです。そう多い名前でもないなのに凄いねって、あ、本人とはその一回しか話した事ないんですけど、」


俺が食い付いたからか急に捲し立て始めた女の子に、俺は少し申し訳なく思った。



告白されているのに他の女の子の話をするなんて、とても悪い。


俺が「ごめんね、君の事を話そう?」と謝ると、「あ、ごめんなさっ……」と何故か謝り返しをくらった。



「あ、あの、私…――柏木君が隆太の隣に居るのをよく見かけてて、」



……あ。


俺はその言葉で全てに気付いてしまった。頭のどこかで感じ取っていたあの警告音の意味も、全て。



もしかして、隆太の言うイノウリサとは、梨紗ではなくこの子の事なのではないのか。


その思いが頭を支配する。



だとすれば今までの梨紗に対する俺の態度……いや、それよりも梨紗の態度、あれは照れ隠しなんかではなくそのままの意味なのでは。




…それから俺は梨紗と同じ名前のこの子に何と言葉を掛けたのか覚えていない。


ただあの女の子が悲しそうな瞳を俺に向けている映像が記憶の隅で朧気に浮かぶから、記憶がなくても俺はちゃんと断れたのだと思う。



気が付けば、走っていた。


隆太に会わなきゃいけないと、それだけが俺の足を動かしていた。


走りながら携帯を取り出し、アドレス帳から彼の名前を探す。


ボタン連打で見付けた名前に辿り着くと、すぐさま携帯を耳にあてた。



『もしもーし、』


「今どこ」


『は、家だけどー?え、何……』


ブチッ――…



居場所だけを聞き出すと俺は勝手に通話を切り、走る事に集中した。



確かめないと…






「隆太っ」


「あ?てか、はぁ?おま、なんで俺ん家……」


インターホンも鳴らさずドタバタと隆太の部屋へ足を踏み入れた俺の小さな叫びに、隆太が何事かと見ていた雑誌から顔を上げて振り向く。



「あのさ、」


戸惑う隆太の言葉さえも遮って、今一番確かめなければいけない事を問う。



「…――梨紗って、何年生だっけ」


「あ、何言ってんだよ。3年だろうが」



…――その瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。



誰か嘘だと言ってほしい。



隆太の言った梨紗は3年生で、俺の好きな梨紗は2年生。


…最初からずっと勘違いしていたんだ。



梨紗への俺のあの余裕な態度、言葉。全てを知った今ではとても恥ずかしくて、そして何より、…悲しかった。


梨紗は初めから……今も、俺なんて好きではないのだ。



君はよく俺を馬鹿だと言った。



俺って…本当に馬鹿なんだ。


本当、なんて馬鹿なんだろう。



君のあの態度は照れ隠しなんかじゃない、本気で俺が鬱陶しかったのだ。



君が言った全ての言葉が、本当だった。


君の冷めた瞳が、真実だった。



その事実がとても悲しいのだ。



両想いだと思っていたのに。


それ自体が俺の最大の勘違いだった。



嫌だよ…




お願い、誰か…嘘だと言って…






…――もう君の傍には、居られないじゃないか。

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