積み重なった想い
携帯の画面に映る彼女の名前。
[日曜日、遊びに行かない?]
[今何してんの?]
[宿題の範囲、どこからだっけ?]
未送信のメールは、どれも何となく消せぬまま増え続けていく。
何度も送信しようとする度に、『文章変じゃないかな』と見直して、やっぱりこっちの方がいいかな、でも……なんて。
妥協もできず永遠ループ。
結局決着がつかず、また増える未送信メール。
あぁ、今年の夏休みも彼女と会えないまま終わるのだろうか。去年のように。
一言[会いたい]と送れればいいのだ。たったそれだけでいい。
けれど、それが最後になるかもしれないと思うと、やっぱりそれだけの事ができなくなるんだ。
[会いたい]
たった4文字の中に込められた、沢山の想い。打つ度に勇気が出ず、また"未送信"の文字が表れる。
そんな時、従兄弟の航から電話が掛かってきたんだ。
『――っし!』
思わず漏れた歓喜の声に、腕が描くガッツポーズ。
いつもなら面倒なだけのあいつのお節介も、この時ばかりは本気で感謝した。
何て話し掛けよう。話題は?俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見る事ができるのか?拒否されたらどうしよう。
けれどすぐに不安が押し寄せて、やっぱり行くのよそうかななんて。
『あ、晴貴も呼んだから』
電話の向こうから聞こえた声に、俺は行く事を決心した。
『お、蒼じゃん』
『篠原君久し振り!入って入って!』
『…お邪魔します』
二人に出迎えられ、案内された部屋で彼女が来るのを待った。
どうしよう。服変じゃないかな。会ったら一番に何て言う?
緊張が極限まで高まって、だけど航達に気付かれないように必死で平静を装っていた。
『藍ちゃん来ないね』
『いつもなら早めに来るのにね』
俺はまだ一度も呼んだ事のない彼女の名前をさらっと言ってのける航に嫉妬して。
じとっと睨んでやれば、『電話してみたら?』なんていきなり言われてらしくもなく焦ってしまった。
『え、は、な何?』
『電話、したら?どうしたのって』
『あ、…あぁ』
クスクスと笑われた事で恥ずかしさが一気に押し寄せてきて、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いて携帯を開く。
彼女の名前を探し出せば、そこには電話番号とアドレス。
(……)
少し悩んだ末にアドレスを選択した。
航にじとっと見られた気がしたのだが、もう何とでも言え。電話なんてできる訳がないだろう。メールさえ送れた試しがないのに。
[どうしたの?]
…いや、違うな。彼女は俺が来る事を知らないらしいし、これは明らかにおかしい。
[早く来てよ]
これも違う。何度も言うが、彼女は俺が来る事を知らない。
一文字ずつ消していけば、ふと思った事。あれ、ならば今俺が何と送ろうと彼女からすれば全ておかしくなるのでは。
『ねぇ、何て打てばいいの?』
航に恥を忍んで聞く。三澤がメールを送れば一番良いと思ったのだが、どうにかこのチャンスを活かしたいと思っている自分がいるのだ。この試練を乗り越えたら、今後はメールを気軽に送れるようになるかもしれない。
『"俺も遊ぶ事なったから。会いたいから早く来て"』
『…そんなの俺じゃない』
『"今芹ん家。早く来て"』
『……』
『よし、決まり』
[今三澤ん家。早く来て]
画面に表れた文章とも言えない文字を繰り返し読み直す。
これは俺が考えた訳じゃない。航が勝手に…と自分に言い聞かせて指を送信ボタンへと乗せる。
ドクドクと爆発しそうな心臓を右手で押さえながら、ふうとゆっくり息を吐く。
(…よし)
1年以上も掛かってやっと送る勇気が出たのに、
『あー、そういえば晴貴も来ないね』
その一言で俺のちっぽけな勇気などすぐに消え失せる。
『あ、藍と二人で遊んでるのかな』
『おい、』
『あの二人、仲良いからな~』
『芹!』
航の焦ったような視線も俺には届かなかった。
[今三澤ん家。早く来て]
質素なその文字を意味もなく見つめてみるが、次の瞬間画面は暗くなってしまった。
…――結局、俺の携帯にはまた一つ未送信メールが増えたのだった。
積み重なった想い。
彼女には届かないまま。
~END~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます