幸せを運ぶポンデリング

俺の目の前のトレーには、ポンデリングが2つ。彼女の両手には、2種類のドーナツが2つ。



(あれ、おかしいな)


このポンデリングは彼女のために頼んだものなのに。



『ポンデリング2つ?』


『残したらバチが当たるよ!』


無邪気にそう笑って、だけど両手のドーナツを交互にかぶりついている彼女は俺の方を見ない。



今日はどうしたのだろう。


いつも必ずポンデリングを頼む程、彼女はこれが好きな筈なのに。



これを口に入れると、その頬が緩む事を俺は知ってる。



『おいし~』


と幸せそうな顔をするから、俺も幸せになれるのだ。



今日だってその顔が見たかったのに。やっぱり他のドーナツじゃあの顔は引き出せないのか、……いや、今日は初めから彼女の顔は仏頂面だ。


彼女はそれ程大好きであろうポンデリングを食べない理由を『飽きたから』と言った。



その真偽は分からないけれど、彼女がこれを食べたくないというのは十分に伝わってきた。



それに俺、実はポンデリングを食べた事がない。


今日人生で初めてこいつを食べてやるのだが、……まぁしつこく彼女に食べるよう言ったのは、幸せな顔をする彼女が見たかったからという理由と、同じものを食べて感覚を共有したかったからだ。



俺はトレーから1つ、ポンデリングを手に取る。


彼女を幸せにするこいつはどんな味なのだろうか。



一口食べれば口に広がる甘過ぎない風味、柔らかい食感。



あぁ、確かにこれは。



『…おいし?』


『美味しいよ』


彼女の幸せな顔がふと脳裏をよぎり、頬が無意識にも緩んだ。



『…そっ、か』


幸せを運ぶポンデリング。



ただ、この時幸せだったのは、


俺だけだった。





~END~

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