幸せって何?

「聞いてよ!わっくんがね…」


また芹ののろけ話が始まる。



嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに、その綺麗な顔を赤く染めて。


今は正直、芹のそんな話を聞くのは辛いけれど、それを隠してニコニコしながら芹の話を聞く。



下手に変な顔をして芹に『どうしたの?』と言われる方が嫌だった。



「それでね、」


「うん」


相槌は打っていたけれど、話は右から左へと流れていて、頭に残っている話なんか何もなかった。



無意識だったけれど、いよいよ脳が拒否し始めていたのかもしれない。



「いーね!芹は凄く想われてて羨ましいよ」


一通り話し終えたらしく、一息ついた芹にそう言う。



「この~」なんてイタズラな顔をして肘で芹をつついてみるけれど、話なんて聞いていなかったからただの茶番みたいなものだった。



そんな私に。



「藍もめっちゃ想われてんじゃん!!」


「え?」


笑顔で予想外の事を言い出す芹に本気で吃驚して小さな声が口から漏れた。



周りから見れば、そう見えるのかな?なんて一瞬あり得ない事を思って嬉しくなる。



…でも芹には言われたくない。本当に想われているのは芹なのだから。



「だって、この間校門の所で会ったでしょ?」


「うん…?」


反応の悪い私に、そう思った経緯を教えてくれるのか、芹は過去の事を話し出した。



この間……芹と航君が一緒にいる所に私と蒼が出くわした時の事だろう。



「あの時だってさ?篠原君の愛感じちゃったよー!」


「うん?」


芹の言葉に、怪訝な表情を隠すのも忘れて眉間に皺を寄せる。



「誰への愛って言った?」


「気付いてなかったの?藍に決まってんじゃん、藍!!」


「え?」


凄く苛ついて思わず刺々しくなる声。



芹がさっきのお返しと言わんばかりに、私を肘でつついてくる。



なによその顔、その口元の緩み。


気付いてないのだなんて、何を言っているの?気付いていないのは芹の方じゃない。



あの時、私が感じた蒼の愛は確実に芹に向けられてた。


あれ程分かりやすく航君睨んでたのに。本当、芹の鈍さは皮肉にも私を苛つかせる。



「篠原君、わっくんのこと睨んでたでしょー?」


そうだよ、あの時蒼は恋敵の航君をずっと睨んでた。それだけが真実で、それ以外の想いも何もない。



どうしたらそれを、私が愛されているなんて勘違いできるの。



「やっぱ愛だよね!」


「だから何が?」


意味の分からない事を言い続ける芹に、取り繕う事さえできない程の怒りが押し寄せてきて、つい冷たい声を出してしまう。



「…だからー、」


一瞬きょとんとした芹は、「マジで分かんないんのー?」なんて、さも楽しそうな瞳を私に向けた。



私がどれ程怒っていても、芹はいつもこうしてさらっと交わしてしまう。いつも私より一歩上にいて、私をせせら笑う。それが間違っている事にも気付かないで。



「わっくんが藍の事可愛いって言ったから睨んだんでしょー」


「……」


何なの、その自信はどこから湧くの。



「そういう事」なんてドヤ顔でふふんと笑う芹を、本気で憎んでしまいそうになった。



芹は分かってない。


何も、分かっていい。


芹がそんなだから、蒼は芹に告白も出来ないんだ。



万が一にも自分が想われていると思わない芹は、たった一度視線がぶつかっただけで勘違いしてしまいそうになる私とは全然違う。


純粋で、私のように笑顔の仮面を被る事もなく本当に笑いたい時だけ笑って、だから蒼は芹を好きで。



…なんて。芹のせいにしているけれど、本当は、蒼が告白できないのだって私のせいだと分かってる。


私がいるから出来ないんだ。



蒼は優しいから。自棄やけだったとしても私と付き合ってしまったから、それに負い目を感じているのだろう。


私を傷つけないように。自分の気持ちを押し殺して私を尊重してくれている。



だから1年経っても私をフる事ができない。



言ってやりたい。


何も分かっていない芹に本当の事を。目の前で『ほんといつも一緒でラブラブだよね』なんて笑っている芹に真実を。



『蒼は今も昔も、芹しか見てない』


そう言ってやりたい。



そしたら、…そしたら私と蒼の関係は終わる、ね。


蒼は堂々と芹だけを見ていける。



私は。私は蒼ではない他の誰かと幸せになるんだ。私だけを見ていてくれる、誰かと。



…そんなの考えられない。蒼以外の人との未来を考えた事なんてない。考えたくもない。



けれど蒼は私以外…芹との未来を思っている。



でも。それでも私は蒼を手放したくなんてない。私から蒼をフるなんてできないから、だからそれまでは貴方の傍にいさせて欲しい。



(と言うか、)


もうフられそう、だけど。



…もう本当、ダメだな、私。


蒼が好きなのなら、その幸せを一番に願ってあげなきゃダメなのに。自分の幸せを第一に思ってる。



(でも…私、今幸せ…かな…?)


ふと湧いた疑問に首を捻るが、答えは見つからない。



本当はその答えがNOだと分かっているけれど、それなら私が今蒼の傍にいる意味は何なの?


必死に気付かないフリをする。



誰にだって幸せになる権利はあるのに、蒼も私もそれから目を覆っている。



…不器用なのかもしれない。


すれ違ってばかり。これからも…交わる事はない。私達は一直線上にいて、同じ方向を見ているんだ。



蒼は芹の後姿を。


私は蒼の後姿を。


これって幸せって言えるんだろうか。



(幸せ、って何なの?)

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