Data1.ヴァンピールの生態調査

自称元占い師と元刑事

 東京の田舎と言われるほど古い家屋が立ち並ぶ町。

 "柏彩町かしあやちょう"。

 町の玄関である商店街の横には大きな都市開発の看板が設置されていた。

 ただ、商店街で閉店している店はなく、早朝ということで閉まったシャッター街なだけ――。


 人のいない商店街の傍らで、一人だけ別世界にいるかのような優男がいた。

 血色の悪そうな青白く透明感のある肌、絹のような漆黒しっこくの髪、透けてみえる作り物のような赤い瞳。

 耳に心地の良い透き通るような低音ボイスで、女性の心を鷲掴わしづかみにしている優男はアオイだった。

 椅子に座ったアオイの前には怪しげな水晶玉がある。

 それと良く分からない札が数枚。見るからに怪しい占い師風のアオイと、二人の女性客が備え付けの椅子に座っていた。

 そんなアオイの前を素通りする顔を赤くした高身長の男。明るい灰色に染まった髪。髪の色より薄い瞳を一瞬だけアオイに向ける。

 百九十センチは超えているだろう男を目の前にした客の女性は一瞬視線を向けたあと、男から香る匂いに鼻を押さえていた。


「ちょっと……あの、オッサン酔っ払いなんだけど……臭っ」

「――朝から懲りない奴だ。……ああ言う人間・・にはなりたくないな。それで、お嬢さまが占ってほしいのは、俺との恋愛運で宜しいでしょうか?」


 まだ青空が見え始めたばかりで、町も眠っている早朝にそぐわない二人の男たち。ただ、酔っ払いの男が去ったすぐあと、静まり返った町中でバチンと"何か"を叩くような音が響き渡った。



◆ ◇ ◆



 日が暮れて夕日が輝く空の下、商店街がある右の道から左頬を赤く腫らしたアオイが歩いてくる。その反対側である左の細道から顔を赤くした高身長の男――紫音シオンが現れた。

 ばったりと出くわした二人は顔見知りでありながら、お互いに視線を外して目の前にあるおごそかな門を見上げる。

 隣にはレトロな駄菓子屋もあった。"あやかし屋"と書かれた古い木の看板がこちらへ傾いている。

 長閑のどかな路地裏で、城壁のような煉瓦れんがに囲まれた庭付きの二階建てのアパートはこの町にはとても"異質"に見えた。


「"摩訶まか不思議、あやかし堂"……」


 声が揃って同じ言葉を発すると、思わず顔を見合わせる。

 アオイは頭を掻くと、酔っ払いの男は笑いだした。


「お前、ソレどうしたんだぁ? もしかして、朝の女共にビンタ喰らったか」

「……うるさい、酔っ払いめ。俺にはあの職が合わなかっただけだ」

「あー……占い師だっけぇ? そりゃ、お前……警察沙汰になったときオレが、ありがたーく教えてやっただろうが。"才能ゼロ"だってよォ」


 腫れが残る頬は形こそぼやけていたが、手の平だと分かる痛々しさが残っている。

 二人は日本へ来る前、詐欺師・・・と"刑事"の間柄で出会っていた。ただ、実際は詐欺師の疑いをかけられた自称"占い師"で、カウンセラーの資格を持っていたことに加えて、路上営業の許可も下りていたことでおとがめなく解放されている。


「そんな"刑事"が、あんな早朝から、いままで酒に酔いつぶれて良かったのか?」

「刑事は……退職したんだよ」

「なるほどな……。もしかしなくても、俺が忠告した酔っぱらってるから、解雇されたとか?」


 シーンと静まり返る空間に、今度はアオイの方が口を押えて笑いを堪えていた。

 バカにされた紫音シオンは顔を鋭くさせたかと思うと、顔の横にあったはずの耳が消え、頭部の両脇から獣のような耳が下から生え、ズボンから長い尻尾が揺れる。


「うるせぇ!! ただいま絶賛、やさぐれ中なんだよ!」

「ああ、そういうことは聞いていない。それよりも、こんな町中で正体をさらすなど愚行にも程があるぞ。元刑事の"松永紫音マツナガシオン"――」

「自称占い師だった、"染井碧ソメイアオイ"。お前には言われたくねぇ。"顔面凶器"な吸血鬼が!」


 おもむろにズボンのポケットに手を突っ込んだ紫音シオンが取り出したのは壊れかけのスマホだった。

 何かを操作して、アオイに向ける。

 その際、ヒラヒラとした何かが地面に落下するが、二人ともに気づいていなかった。

 紫音シオンが操作したのはカメラモードであり、不意打ちに写真を撮られるアオイは少し寂しげに眉を寄せる。

 そこには普通なら映らなくてはおかしいアオイの姿はなく、背後にある道路だけが綺麗に撮られていた。


「犬畜生ちくしょうの分際で……ヴァンピールの俺を愚弄ぐろうするか。吸血鬼は始祖に類似するが、血を吸う化け物を鬼と表現した阿呆がいたに過ぎない。俺は眉唾とは違う、高貴な存在だ」

「あ"ぁ!? 誰が犬だって! 人狼様って呼べ!!」


 その言葉と態度に気分を害したアオイは口角を上げて二本の鋭い牙を覗かせる。

 裏道にあるため人はいない中、二人がバチバチとやり合っていると不意にアパートの門がひとりでに開いた。

 最初に冷静を取り戻したのは素面しらふアオイである。

 不意にコートのポケットをあさり出すと、取り出した一枚のカードを紫音シオンに見せた。

 

「これに見覚えはないか?」

「あっ……。それ、確かオレも……って、どこいったぁ?」

阿呆あほうなのは顔だけにするんだな……地面に落ちているぞ」


 紫音シオンの足元で裏返しになっている同じ形のカードに気づいたアオイは視線を下に向ける。

 しゃがみ込んでカードを拾い上げる紫音シオンは夕焼け空に掲げて目を細くした。


「間違いないな。それで、お前も"これ"に乗せられた口か」

「家賃を払う金がなくなって、その日に追い出された――」

「ぶっ……くはははっ!! イケメンが台無しじゃねぇかよ!」


 しゃがみ込んだ体勢で笑いこける紫音シオンに、鋭い目つきで睨むアオイは人差し指を軽く噛んで紅い雫を生み出すと勢いよく放つ。

 人狼の本能か、辛うじて体を仰け反らせ避けた地面は黒く焦げていた。


「おまっ! 危ねえだろ! オレが刑事だったら、即逮捕だぞっ」

「元刑事で助かったよ……"犬のおまわりさん"?」

「犬じゃねぇ! 由緒正しい人狼だ!」


 はたから見たら犬の遠吠えにしかみえないやり取りだが、先に動いたのはアオイの方で、開いた扉から中へ歩いていく。

 それを後ろから追うように立ち上がった紫音シオンが入った瞬間、扉は閉まった。

 紫音シオンは気にして背後を振り返るが、先に進んでいくアオイを追いかけるのを優先してアパートの前で足を止める。


「結構広い庭だよなぁ……。このカードをくれたヤツ、"あやかし"だったけど」

「ああ……。俺達の正体を知った上で、声をかけてきたんだろう」

「『行く宛がなくなったら、足を運ぶが良い』なんて、奇妙なメッセージだぜ」


 二人がもらったカードには英語でそう書いてあった。

 宛先などは特になく、代わりに追尾出来る香りがほどこされており、これはあやかしだけが分かる"匂いの痕跡"。

 まさか目的地がアパートだとは思ってもいなかった二人は、改めて全貌を眺めていく。


 赤い屋根に特徴のない二階建てのアパート。

 何か出そうな雰囲気のある、塗装の剥げや二階に上がる階段のさびが目に入る。

 だが、次の瞬間。アオイは目がかすんだように、もやがかかり片手でこすった。

 すると、階段が消えていて代わりに大きな扉が現れる。

 そこで二人は奇妙な点に気がついた。

 

「……何かがおかしい。アパートは扉が複数あるはずだ。此処は、屋敷だ……」

「えっ? うおっ! お前がそう言ったら屋敷になったぞ!? どういうことだよ」

「あやかしに化かされた……というべきか。カモフラージュだ。人間の目に、此処をアパートとして映しているんだろう」


 本来の姿を現した屋敷は赤い牡丹ぼたんのように塗られた屋根に白い漆喰しっくいの壁。

 二階建てで、珍しい丸い窓が並んでいる。目の前にそびえ立つ大きな木の扉には赤い牡丹ぼたんの花が全面に彫られていて、真下には丸型のドアノッカー。

 古い屋敷だと感じさせない、所々に装飾がされた華やかさのある場所。


 ――ギィィィ


 重低音と共に開かれた扉の奥から拍手のような音が聞こえてくると、中から小学生ほどの少女が顔を覗かせた。

 中が見えない闇の中――赤い色の和服姿でレトロ感のある風貌。黒い艶のある腰まで伸びたストレートの髪に、黒くて大きな瞳。透明感のある白い肌は日本の大和撫子――あるいは日本人形にしか見えない少女へ、二人は目を奪われる。


「ようこそ、おいでくださいました。"あやかし堂"へ……。御二方を歓迎致します」


 現れた少女・・に警戒心を奪われて立ち尽くす二人の前で、パッパッパッと手前から仄かな温かい明かりが灯っていった。全貌が見えてきた広い玄関ホールで際立つ赤いカーペットの敷かれた巨大な階段へ視線を奪われる。

 左右へ目を配ることなく二人は屋敷の中に魅入られ、自然と一歩を踏み出していた。

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