第4話 異変

 目当てのものは滝つぼのすぐそばで見つかった。

 近くで見ると、轟音を立てて落ちる大量の水はとてつもない迫力があった。水面を叩くしぶきは、アカリの背丈を優に越えて視界を真っ白に染め上げる。

 そのほとり。かつて『青竜』と呼ばれたその『魔物』は、身をうずめて水浴びをしているうちに穏やかな死を迎えたように見えた。

 多少崩れた様子は見受けられるが、それとわかる巨大な骨格はいまだに残っている。そして、深い青をたたえた宝石のような鱗があたりに散らばっていた。師匠から言われたのは『青竜』の体の一部を持ち帰ること。想定していたのはこの鱗のことか、とアカリは悟る。骨や牙では『青竜』のものだと証明することができないのではないかと思っていたが、『青竜』の名前を示すこの青い鱗であれば十分証拠になりそうだ。手のひらよりも大きい鱗を一枚拾う。これで、あとは帰るだけだ。

 そのときだった。アカリははっとして南西の方角を見つめた。

 アカリは、第六感とも呼べるような感覚を有している。その感覚に訴えかけてくる力を、いま確かに感じた。ひとつじゃない。数えきれないほど、たくさん。南西。小河内の集落の方角だ。胸騒ぎがした。アカリが連想したのは、なにかを燃やすような光景だった。

 しかし、アカリはすぐにその不安を打ち消した。集落には師匠がいる。それに大人たちも。滅多なことは起こらないだろう。起こる想像ができない。

 もと来た道を少年は辿っていく。急ぐことはない。『魔物』を回避することを最優先に、油断することなくアカリは帰路を行く。

 八日目。知らないうちに疲れが出てきていたのか、帰りには往路よりもやや時間がかかった。とはいえ少年の足取りは軽い。今日中には集落までたどり着く。旅を終えた自分に師匠はどんな言葉をかけてくれるだろうか。一人前だと認めてくれるだろうか。

 良い天気だった。アカリはツヅラ川を渡り、小河内に向かってキフユ川に沿った谷筋を登っていく。

 途中で雲が出てきた。そして、地面から立ち上がってくるような土の匂い。土、いや、これは雨の匂いだ。アカリは左右を見回し、左の切り立った斜面を無理に登って川のそばを離れた。ほどなくして、大きな雨粒が激しく打ちつけてきた。

 こういうときの鉄砲水の脅威を、山に住むアカリは十分に心得ている。みるみるうちにキフユ川の水位は上がっていき、穏やかだった流れはいつしか激しくその水面を荒立たせている。アカリも川で泳ぐことには慣れたものだが、どれほどの泳ぎの達人であろうとこの水流の前には無力だ。水の力とはそれほど凄まじいものだ。

 危なかった、と思いながらアカリは川からさらに離れようとする。そのとき、目の端になにか違和感が映った。振り返って斜面上から川を眺める。違和感は、流れが折れ曲がっているところに堆積した木片だった。先ほどまではなかったはず。ということは、水かさが増した影響でいままさに流されてきたらしい。流れが蛇行しているところで外側に堆積したのだ。雨のせいで視界がききづらい。目を凝らすと、黒ずんでおり、焼け焦げているのがわかった。板状で、ひとの手によって加工がなされている木材であることは明らかだ。この上流にある集落は小河内しかない。

 ようやくアカリはいやな予感を思い出した。さらに観察すると、木材の残骸の中になにか異物が混じっている気がした。見間違いではない。

 ひとの手だ。

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