第13話
「「!?」」
ルーシェとセレスは突然のことに驚く。首を刺され絶命した彼はそのまま地面に倒れてしまった。
「アイラ!!」
セレスが突き刺した張本人の名前を呼ぶ。倒れた人間の傍には一人の暗殺者の少女が立っていた。
「一体なんのつもりだ! 関係のない人間を殺すなんて!」
セレスがアイラの行為を糾弾する。しかし彼女は答えない。その目はどこか虚ろで自分の意志がないように感じられた。
意思を失った人形のように見える彼女はそのまま近くにいたルーシェに襲いかかってきた。ルーシェは慌てて相手の攻撃を防ぎ、距離をとる。
「ルーシェ!!」
セレスの慌てた声が響く。
「大丈夫、攻撃はちゃんと防いだから」
不安そうにしているセレスを安心させるようにルーシェは答える。そのまま油断なく剣を構えた。
アイラも変わらず自分の武器である短剣を構えている、しかしやはりこの前に感じたセレスに向けられた怒りや憎悪の感情を今の彼女からは感じなかった。
(まるで命令だけをこなしているみたい、彼女自身の意志で動いているの? これ)
ルーシェは今の彼女の様子にとてつもない違和感を覚えた。先日戦った彼女は明らかにセレスに対して敵意をむき出しにしていたし、彼女を殺すために契約者となったルーシェを狙って来ていたのだから。
しかしアイラが今回狙ったのはルーシェではなく、別の人間だった。今ルーシェやセレスを狙っているのも標的の一人として殺さなければならないからといった様子で絶対に仕留めようとしてきていたこの前とは違う。
アイラはその虚ろな瞳でじっとこちらを見ていたが姿を消した、おそらく『天寿』を使ったのだろう。
「えっ? どういうつもり?」
彼女の行動の意図がつかめず、ルーシェは困惑した声をあげてしまう。しかし次の瞬間にその謎は解けた。
「ぎゃあ!」
「!?」
人の悲鳴があがる、見れば魔物討伐に来ていた騎士団の一人が先ほどの人物と同じように首を刺され死んでいた。その後も次々とアイラによって魔物討伐に参加していた騎士たちが命を刈られていく。
「やめろ!」
ついにセレスが我慢の限界を超えたのか剣を抜いて駆け出した。彼女はそのまま姿を現したアイラに一瞬で接近し、袈裟斬りに斬りつける。しかしアイラはそれを短剣で防いで再びセレスとの距離をとった。
「なんだって君がこんなことを……君が恨んでいるのは私のはずだろう! だったら私を直接狙えばいい! なんで無関係な人達を殺すような真似をしたんだ!」
セレスは怒りのままにアイラに疑問をぶつける。しかし彼女は答えない、まるでセレスの言葉が聞こえていない様子だ。やはりなにかがおかしい。
「セレス、今の彼女はなにか様子がおかしいわ」
ルーシェはセレスに向かって呼びかける。セレスもその言葉を首肯した。
「そうだね、今の彼女はなにかがおかしい。私を見てもなんの反応も示さないのは彼女の行動原理から考えると不自然だ」
セレスもルーシェの言葉に同意する。
「おや、やはり簡単に気づかれてしまいましたか。まあこんな状態の彼女であれば気付くのも当然ですかね」
響き渡るもうひとりの声。ルーシェとセレスが声のしたほうを見る。
そこに立っていたのは一人の男性だった。黒いローブに身を包んだ長身痩躯の男がこちらに向かってゆっくり歩いてくる。
「貴様は……」
「セレス?」
ルーシェはセレスの声音が明らかに変化したのに気づき彼女の顔を見る。彼女は今までに見たことのない表情でその男を見つめていた。瞳には明らかな敵意の感情が浮かんでいる。
「ダリル・アランフォード……最後の試練の相手は君か」
「ああ、そうともセレスティア。君の前に最後に立ちふさがる相手が誰かなんて少し考えれば分かるじゃあないか」
男はさも当然だというように自信たっぷりに言い切り歩みを止めない。そんな彼をセレスは冷めた目で見ていた。
「私は君と会いたくもなかったけど。さっさと消えて欲しいな」
「酷いなあ! せっかく再会出来たというのに!」
ダリルと呼ばれた男は言葉とは裏腹に傷ついた様子はない。掴みどころがなくあまり信用してはいけない人間だなとルーシェは思った。
「ねえ、セレス。あの男とあなたってどういう関係なの?」
「別の国の王子だったやつだ。当時の奴の国は私の帝国より大きくてね、私は何度も奴と戦ったし、やつの軍隊を撃退したよ」
ルーシェの質問にセレスは答えるのも嫌だといった感じで答えた。
「でもそれだけだと戦いの世だったら普通のことだよね。なんでそんなに嫌な顔をしているの?」
「あいつがこれ以上戦いを続けて欲しくなければ自分の妻となって降伏しろなどとふざけたことを抜かしたからだよ。しかも何度もね」
吐き捨てるようにいうセレス。ああ、それは確かに嫌にもなるだろうとルーシェは思った。
「しかも面倒なことに本人の武芸は一流なんだ。戦場でもちゃんと手柄を立てている」
「なにそれ、それって相手にするのが一番面倒なやつじゃない」
嫌悪感を示しているセレスがそういうのだから彼の実力は間違いないのだろう。だとしたら厄介な相手だ。
「ああ、君が私を認めてくれるとは嬉しいものだね。できれば戦う前に私に下ることを選んで欲しいのだけれど」
「断る」
「ははは、迷いなしかい」
ダリルの提案を一瞬で断ったセレス。冷たい視線を向けながら剣を構える。
「んん、残念。では力で君を従えるとしようかな」
言葉とは裏腹にダリルは楽しそうだった。見ていて苛立つ笑顔を浮かべながら彼は戦闘態勢に入る。
「では私の『天授』を見せてあげよう。そら、起きろ」
ダリルの言葉と共に殺された兵士達が起き上がる。
「……これは……まさか殺した人を自分の配下にでもするのかい?」
「んん、ご明察。まあここまではっきりと示されたら分かりやすいものだろうけどね」
「本当に趣味が悪いね。女神の力でこの時代に生き返ってからも人を殺して自分の配下にしていたのかい?」
セレスは厳しい口調で問いかける。ダリルはそれを気にせず答えた。
「そうとも! 素晴らしい力だろう? 支配者にふさわしいのはいつの時代もこの私だからね! 他人の運命を支配し、自分に従える! 私にふさわしい力と思わんかね!」
「その腐った寝言を二度と言えないようにしてやる」
嫌悪の言葉を吐き捨てたセレスはそのままダリルへ向かって駆け出す。しかし、間に彼が支配した人間達が立ちふさがった。いつのまにかルーシェとセレスは周りを囲まれている。
「くっ……邪魔だ!」
セレスは剣を振るいながらダリルに支配された人達を倒していくが数が多い。簡単に突破できそうにはなかった。
「セレス!」
ルーシェはセレスを助けようと彼女の元へと向かうがそこにアイラが立ちふさがる。
「まさか今の彼女がこんな状態になっているのはあなたのせいなの?」
「ご名答! 彼女がセレスティアに勝ちたがっていたからね! 私の配下に加えてあげて力を与えてあげたんだよ!」
彼が言っていることが正しければアイラはダリルによって殺されたということになる。どういった手を使ったかは分からないけど。
「いやあ、おかげで強力な駒が手に入って僕としてはとても嬉しいよ! 契約者である君は生かしておかないとセレスティアは消えてしまうからね。ルーシェと言ったかい? 今はまだセレスと話したいことがあるから君は生かしてはおくけど自由は与えない。さあやってしまえ、アイラ!」
ダリルの命令通りにルーシェに襲いかかるアイラ。短剣を構え、ルーシェへ一瞬で接近したかと思うと首元を狙って突きを繰り出す。
「くっ……!」
なんとか彼女の攻撃をかわしたルーシェは反撃のためにアイラ目掛けて横薙ぎに剣を振るった。しかし振るった剣は彼女の短剣に受け止められてしまう。お互いを仕留めそこなった二人は距離をとってにらみ合った。
「ルーシェ!」
セレスがこちらに慌てて向かってくるのが見えた。しかしそれはダリルの兵隊によって阻まれてしまう。
「邪魔を……」
「おっと君を行かせることはできないよ。君とはゆっくり話したいから手を出させるわけにはいかないなあ」
「わざわざこんなことをしてまで叶えたい願いってなんだい。どうせろくでもないものだろうけど」
「それはもちろん私がこの世界の支配者になることさ。その世界で君には僕のものになって欲しい。『天授』で支配下に置いてもいいけど出来れば自分から下って欲しいんだよ」
「断る!」
「強情だなあ」
ダリルが笑いながら言うと彼の周りに炎が巻き起こる。その炎はセレスに向かって進んでいった。
「ちっ……!」
セレスは舌打ちをしながら自分の周囲に炎を生み出して対抗する。両者が生み出した炎が激突し、拮抗していた。
「ははは! やはり君の戦いの才能は素晴らしいものがあるね。でもやっぱり生前の君と比べると見劣りがするよ!」
言葉と共にダリルの操る炎の勢いが増す。彼の炎はそのままセレスが生み出した炎を飲み込み、彼女に襲い掛かった。
「っ……!」
セレスはその炎を横に飛んでかわす。
「うん、やはり今の君は十分に力が発揮出来ていないねえ」
「!?」
いつのまにかセレスの目前にダリルが迫っていた。彼は腰の鞘から剣を抜き、セレス目掛けて斬りつける。セレスはその攻撃を防いだがそのまま吹き飛ばされて地面を転がった。
「ふふ、君をこうやって追い詰めるのは楽しいねえ。生前では武芸においても敵わなかったから」
「……ここでも君は私に負けるよ」
少し押されていてもセレスは強気な態度を崩さない。ダリルを睨みつけて剣を構える。
「まだ戦う意思が残っているか。まあこれくらいで君が折れるわけはないだろうが。だが私と私の兵隊相手にどこまで持つかな!?」
ダリルの言葉と共に周りで待機していた兵士達が一斉に動きだしてセレスに襲い掛かってきた。
「邪魔をするな!!」
セレスはそれを迎え撃つ。
「くそ! ルーシェに加勢しに行きたいのに……!」
今のこの状況ではセレスがルーシェを助けに行くことは不可能だった。ダリルの支配下に置かれた者達は傷つけてもすぐ立ち上がってセレスへと向かってくる。
「はははははははは! さあ! 存分に楽しもうじゃないか!」
ダリルだけが楽しそうな笑い声をあげながら再びセレスとの戦闘に戻っていった。
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