第12話
女神の試練に関する調査が行き詰まっていたルーシェとセレスは騎士団の同期から受けた協力要請を受けることにした。なにもすることがないならとりあえず動いたほうがいいという事情もあったからだ。
騎士団の同期からもたらされた依頼は端的に言えば強力な魔物の討伐だ。王都の近くに現れたそいつが商人の隊商を襲ったり一般人に危害を加えているため、討伐して欲しいと騎士団まで要請が来たのだ。
「しかしこの私まで参加していいとはね。参加条件はもっと厳しいと思ったよ」
「ああ、騎士団はいつも人手不足だから戦いが出来る強力な助っ人をいつも欲しがっているののよ。だからセレスみたいな強い人間は基本大歓迎ってわけ」
「成程」
今の世界では戦争もなく安定した生活を人々が行っている。その結果、魔物と戦って命を散らす可能性のある騎士団のような職業は給料は高いが人があまり集まらず、こういった魔物の討伐任務では外部の人間の手を積極的に借りたりすることも多いのだ。
「まあ、セレスがいてくれたらすぐ終わりそう」
「油断はいけないよ、ルーシェ。こういう時に気を抜いて死んでいった人間がいくらでもいるからね」
セレスはルーシェの楽観に満ちた意見を一蹴する。その顔に一切の笑顔はなかった。
(やっぱり戦いの中を生きてきた人なのね)
セレスのそんな態度を見てルーシェは彼女が多くの死を見て来た人間なのだなと実感させられた。
「ごめんね、私が気の抜けたこと言っちゃって。セレスの言う通りだわ、気を引き締めていきましょう」
それからはルーシェも黙ってしまい、目的地へと粛々と進んでいった。途中何度か魔物との戦闘があったもののなんなく撃退して目的の魔物がいる場所まで辿り着いた。
「あれが今回の目標になる魔物だね」
セレスがルーシェに向かって確認するように問いかける。
「そうあれが今回の討伐対象よ」
ルーシェは声を低くしながらセレスの質問に答えた。
二人の視線の先にいたのは体には三つの目があり、その体から二本の腕と足が生えた不気味な魔物だった。腕には二本の剣を持ち、三つの目がある体の中央には大きな口があった。
「うう……不気味なやつ」
魔物を見ていたルーシェが思わず呟いてしまう。それくらいその魔物は不気味だった。ぎょろぎょろとしている目玉が気持ち悪い。
「なんとも奇妙な形だね。こんな魔物は私も見たことがない」
「そうなの?」
セレスが見たことがないということは千年前にも存在していない魔物ということになる。
(あの魔物、突然現れてここの一帯を荒らしているって話だったよね)
ルーシェ達が聞いた話ではあの魔物はある日突然現れたとのことだった。しかも現れた時期がセレスの女神の試練が始まった時期に被るのだ。
(偶然なのかしら? この一致は……)
もしなにも関連していないのなら女神の試練とこんなに活動時期が一致することはないだろう。けれどあの魔物が活動を始めたと思われる時期が女神の試練が始まった時期と不気味な程一致していれば関連を疑うというものだ。今回の依頼を受けようと思った一因もそこにある。
(まあ今は相手に集中する時ね)
気になることがありながらもルーシェは頭を切り替える。
ルーシェは剣を構えて戦闘の用意をする。隣にいたセレスもルーシェが買ってあげた剣を構えて戦闘の用意をしていた。
チームのまとめ役の合図で皆が三つ目の魔物との戦闘用意を行う。まず始めに何人かが魔力操作で火球を生み出し、目玉の魔物へと放つ。火球が直撃した怪物は雄たけびをあげて怯むがすぐに体勢を立て直してこちらのいるほうを見た。
(私達のことを敵と認識したみたいね)
こちらに気付いた怪物は巨体とは思えぬ速度で向かってきた、どうやら怒らせてしまったようだ。こちらに近づくと恐ろしい速度で手に持った剣を振り下ろしてくる。振り下ろされた剣を避けて皆が次々に怪物に攻撃を叩きこんでいった。怪物はそれでもひるまない、化け物の猛攻によって一人また一人と同行していた騎士団の人間が殺されていく。
(想像以上に動きが速い……)
他の騎士団員が慌てる中でルーシェだけは落ち着き払って相手の魔物のことを観察していた。彼女はあの化物に勝つためにじっと相手の動きを観察する。
(……いける、倒せない相手じゃない)
ルーシェは三つ目の魔物が自分に狙いを定めたのを確認した。同時にルーシェは三つ目の魔物に向かって駆け出した。
三つ目の魔物は両手に持った剣を振るい、ルーシェを屠ろうとする。最初から殺す気満々だなとルーシェは思った。
「でも死んでやるわけにはいかない」
振り下ろされる死の刃をルーシェはかわしながら反撃で相手の肉体を斬り裂いていく。
ルーシェの一撃が決まるたび、魔物は悲鳴をあげて後退していった。明らかにルーシェが押している。
(よし!)
相手がひるんだのを見たルーシェはさらに攻撃を加えた。三つ目の魔物は連続で繰り出されたルーシェの攻撃を防ぐことも出来ていない。
ずっと斬られている状態で相手も黙っているわけはない。何度もルーシェを捉えようと両手に持った剣が振るわれる。
が、魔物の攻撃はルーシェを捉えることが出来ていない。恐ろしい速さで動き回る彼女はせってくる刃を余裕を持ってかわし、攻撃の手を緩めることはない。
「ルーシェ……」
ルーシェと魔物の戦いの様子をセレスはじっと見守っていた、もしルーシェが危険にさらされることがあれば助けに入ろうと思っていたからだ。だがその心配は杞憂に終わったらしい。
ルーシェは今もあの三つ目の魔物を圧倒し続けている。セレスの周りにいる騎士団の人間に至っては彼女があまりにも強くなりすぎているため、呆気にとられていた。
(やはり明らかに彼女の動きがよくなっている。鍛錬の時と比べても遥かに)
ルーシェのことをセレスは弱いと思ったことはない、むしろこの平和な世の中であればよく鍛えているほうだとさえ思った。ただそれでもこの成長の仕方は普通に訓練したのではあり得ないことだろう。以前の鍛錬の時からそれほど経っていないのに彼女の動きはより洗練されていた。
(今の彼女がしているのは私の動きを真似してより自分の技を発展させていくことだ。やろうと思うことは簡単だけど誰でも出来るわけじゃない)
一体ルーシェは短期間でどうやってあそこまで自分の動きを発展させたのだろう。セレスは少し考えてある一つの可能性を考えた。
「……契約のせいかな……」
考えられる可能性は一つだけ。それは夢でセレスがルーシェの過去を見たようにルーシェもまたセレスの過去を夢で見て戦い方をより深く学んだということだ。直接見た戦いを見ただけではここまで短期間で強くなれるとは考えにくい。
それを踏まえても一番重要なのはやはり強くなりたいというルーシェの意志だろう。いい手本があっても本人の意思が弱ければ技は磨かれることはないのだから。
「君はそうしてまで強くなりたいんだね」
ぽつりと呟くセレスの声音はしかし苦しそうなものだった。彼女はじっとルーシェの戦いを見つめている。
「はああああああああああああああああああああああああ!」
他の人間が呆気に取られている間にもルーシェは三つ目の化け物を追い詰めていく。剣を振るい、効率よく相手を一撃を加えていった。怪物は必死に彼女の動きを捉えようとしているがまったく当たらない、傷を負っていくことで怪物の動きも段々鈍っていく、限界が近くなっていた。
「もう終わらせる!」
怪物が力任せに振るってきた剣をルーシェは見事な動きでかわし、相手の体の中心部――この魔物の場合目玉の一つだ――に剣を突き刺した。彼女はそのまま突き刺した剣を横薙ぎに振るう。魔物の鮮血が噴水のように飛び散った、痛みで暴れ回る怪物からルーシェは距離をとる。
三つ目の魔物は断末魔のような声をあげて苦しんだ後、ゆっくりと倒れ絶命した。
「はあ、はあ……」
魔物を倒したが肩で息をしているルーシェ、それでもその表情には笑みが浮かんでいた。今の彼女は魔物を倒したことでかなりの充足感を得ていた。
(やっぱり私、ちゃんと強くなれてる……! これも全部セレスのおかげだ……)
彼女と契約してから自分が強くなっていることの実感をルーシェはこの戦いで得ることが出来た。今はその実感がなによりも彼女の気分を高揚させていた。
「ルーシェ」
かけられた声がしたほうを振り向くとそこにはセレスがいた。彼女はどこか寂しそうな表情をしながらルーシェを見つめている。
「ルーシェ、今の戦い方は私の戦い方を取り入れて技を発展させたんだね」
セレスから静かに問いかけてくる。やはり本人は気付くものだ。
「うん、この前の鍛錬の後もセレスの戦い方を参考に自分の技を見直したの。おかげでこの化物を倒すことが出来た。今までの私だったら倒すことが出来なかったと思うわ。だからありがとう」
ルーシェのにこやかに笑いながら言ったお礼の言葉にもセレスは苦虫をかみつぶしたような表情をして口を噤んだままだ。なにか自分はまずいことを言ってしまったのかとルーシェは不安になってしまう。
「セレス、どうかしたの? 私はなにか悪いことを言ってしまった?」
「いや、違うんだ、そうじゃない。ただ君のその強さを貪欲に求めていく君の姿勢は姿勢は今の世ではやはりあまりにも……」
「ルーシェ!」
セレスがなにか言おうとしたがそれは別の人物の声によって遮られてしまう。声をかけてきたのはルーシェを呼びに来た騎士団の同期の人間だ。
「魔物を討伐してくれてありがとう。しかし君のさっきの強さは一体なんなのだ?
今までも君は強かったがさっきのあれはもはや異次元だぞ」
「まあいろいろとあったのよ。そこは説明がしにくいわ」
「いろいろか……まあいい、目標の魔物は倒したのだ、早く帝都に戻……」
言葉は最後まで続かなかった、なぜなら彼の首に短剣が突き立てられ絶命していたからである。
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