第19話
「……」
私の言葉を聞いたセレスはしばらく沈黙していた。やがて天を見上げ、静かに息を吐いた。
「……やっぱり君の願いはそれか……」
どこか納得しているようなそれでいて悲しんでいるような声音でセレスは呟いた。ああ、こういう答え方をするということはきっと私がどう答えるかを理解していたのだろう。
「驚かないのね」
「ああ、君のことは夢で見ていたから。それに接していても君の本質を感じる時はあったからね」
やっぱりだ、セレスは夢でルーシェという人間のことを見てその本質を把握している。あの現象はルーシェだけのものではなかったのだ。
「この平和と安定の時代を良いものだとしながらもどこかつまらないと感じている、己より強い人間との戦いを欲し、強さのみを追求する者……それが君だろう、ルーシェ」
セレスは迷いなく告げる。くすりとルーシェは微笑んだ。
「そうね。今のセレスの言葉は私という人間を的確に言い表している。私はね、心のどこかでこの時代の空気を良しとしながらも自分の心の中に餓えのようなものを感じてずっと生きて来た」
言葉を区切り、ルーシェは目を瞑る。思い出されるのはセレスと出会った時――月の綺麗な夜に銀髪を靡かせながら優雅に戦う彼女の姿だ。
「あなたの剣の技や戦いを見た時――美しいと思った。同時にあの時の私じゃ敵わないことも感じ取った」
そう、一番最初にルーシェがセレスと出会った時には絶対に自分はこの人には敵わないと思った。
でも、今は、
「今は違う。私はあなたと一緒に契約者として女神の試練を戦うことで強くなった。最強のあなたの技術を吸収することで。だから……私と戦って欲しい」
今ならあなたと互角に戦えそうな気がするから。
――そしてこの胸の渇きを満たすことが出来そうだから。
セレスは黙ってルーシェの言葉を聞いていた。やがてルーシェを見つめると覚悟を決めたように告げる。
「いいよ、それで君の餓えを満たせるなら私が君の相手をする」
「ありがとう、セレス」
ルーシェは心からのお礼を告げる。正直セレスはルーシェの申し出を断ってもよかった。だけど彼女はそうせずルーシェの願いを聞き入れてくれた。
「でもどうして私の申し出を受ける気になったの? セレスの性格なら断ってもおかしくなかったのに」
セレスは強いが争いを好んでいるわけではない、どちらかと言うと必要ならば戦うという考えの人間だ。それはルーシェも彼女の過去を夢で垣間見たり、ダリルの言葉に傷ついた彼女を見ていれば分かる。だからルーシェはセレスが自分の申し出に応じてくれた理由を聞いてみたかった。
「単純な理由さ、一つは君が契約者として私に協力してくれたことに対する義理。もう一つは……」
最後の言葉を言う前にはセレスは一瞬言うか決めかねる様子をした後、言葉を紡ぐ
「君があまりにも苦しそうだったから」
「!?」
セレスの言葉にルーシェは息を呑む。
「なんでそんな風に思ったの?」
「分かるよ、接していれば。以前鍛錬を見せて欲しいって言った時も最後の会話の時に無理をして笑っていただろう? ……私も自分の生前に生きにくいと感じていた身だからそういう表情をする人間がどう思っているかはよく分かるのさ」
「はは……凄いなあ、セレス。人をよく見てるわね」
「これでも皇帝やってたからね。人はよく見るようにしているから、一緒に戦っている契約者のことならなおさらだ」
セレスは当然のことのように言い切る。ルーシェはああ、この人に出会えてよかったと思った。
「話はついたみたいね」
ルーシェとセレスの話が終わったと見たのか女神が会話に割り込んでくる。
「ええ、セレスは私からの決闘の申し出を受けてくれました」
「そう、じゃあ二人だけの舞台を用意しないとね」
そう言って女神は指を鳴らす。ルーシェとセレスが目を開けるとそこには先ほどまでいた森ではなく別の空間が広がっていた。空には欠けた月が見え、辺りは闇に包まれている。
「ここはどこですか?」
「まあ、私が作りあげた異空間と思ってもらえばいいわ」
ルーシェの質問に女神はこともなげに答える。聞いていたルーシェは女神のやることの規模の大きさに頭がくらくらしてきた。人間の常識や感覚で神様のことを図るのはやはり難しい。
「それにこれって……」
「あら、気付いたの?」
なにかに気付いたルーシェに女神はくすりと笑う。
「この風景は私とセレスが最初に出会った日の光景ですか……?」
「その通りよ。よく気付いたわね。あなたに少しは喜んでもらえるかと思ってこの舞台を用意したの」
女神はルーシェが自分の行った趣向に気付いてもらえたのが嬉しかったのか少し機嫌がよさそうだった。
「さあ、ルーシェ。頑張ったあなたへの私からの褒美よ、思う存分戦える場所を用意したのだから全力でセレスに相手をしてもらいなさい。あなたの餓えを満たすために」
女神はそれだけ言うと私とセレスから離れていく。どうやら離れたところで私達を見守るようだ。
「ねえ、ルーシェ」
セレスが躊躇いがちにこちらに話しかけてくる。
「本当に私と戦いたいんだね?」
「うん、私はあなたと戦いたい」
問いかけにはっきりと答えるルーシェ。彼女の回答に迷いはない。その赤い瞳を爛々とさせ、ルーシェはセレスとの戦いに心を躍らせていた。
「あなたの剣を初めてあった夜に見てから……ずっと超えたいと思ってきた。歴史に名を残す人間の絶技……一目見て綺麗だって思ったの」
熱に浮かされたように語るルーシェ、その姿は普段は真面目にはしているもののどこか気だるい雰囲気を纏っている彼女からは想像が出来ないものだった。
「一度でいいから……その絶技を見せたあなたと戦ってみたかった、そして倒したかった。だけど契約者としてあなたと契約してしまったからその責任を果たさないといけなかったし……なによりこんな感情は今の世には似つかわしくないものだからずっと抑えていた」
でも今はそんなことを気にしなくていい、ここにはセレスとルーシェ以外誰もいないのだから。思う存分闘争を楽しめる、英雄の絶技を超えることだけを考えられる。
「あなたの契約者としての役割も終わり、女神もこの場所を用意してくれた。あなたも私の願いに応じてくれている。だから私を縛るものはなにもない。だから……遠慮なくやらせてもらうよ――!」
ゆっくりと鞘から剣を抜くルーシェ、その瞳に宿るは闘志、目の前の英雄をただ粉砕することを考えている修羅の目だ。
「剣を構えて! セレスティア・エレメイン! 遠慮は不要、全力で来て!」
鞘より抜いた剣をセレスに付きつけながら宣言するルーシェ。セレスはじっとその言葉を聞いていた。
「――似ているなあ、私達は」
「? 似ている?」
「生きにくさを抱えているところが。私は前回の生で皇帝として振る舞い、帝国を築きあげた。その生き方を選んだことを後悔はしていない。でも心の中はずっと苦しかった、こういう生き方しか出来ないことにいつも息苦しさを覚えていた。……責務とか考えずに生きてみたいといつも思っていた。」
瞼を閉じて思い返すように呟くセレス。
「――君が私の契約者として選ばれたことに今なら納得できるよ。理由は違えど君は私と同じだ。周りや時代のせいで息苦しさを抱えている同類だ。だから」
セレスもまた剣を抜く。抜いた剣を体の正面で構え、セレスは宣言する。
「だから私も全力で君の相手をするよ! ル―シェ! 君の願いに答えて君を満足させられるように! さあ、かかってこい!」
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