第20話

「……」


「……」


 ルーシェとセレスはお互いに剣を構えたまま、にらみ合っている。両者とも相手の隙を伺っていた。お互いの間に張り詰めた空気が流れる。


(やっぱりまったく隙がない……)


 じっとセレスの様子を伺っているがまったく隙がない。やっぱり彼女に一撃を加えるのは一筋縄ではいかないことをルーシェは再確認する。


「来ないのかい?」


 張り詰めた空気の中に響く涼やかな声、セレスがルーシェを挑発するように語り掛けてくる。


「いつまでも様子見じゃつまらない。ルーシェがこないならこちらから行くよ!」


 言葉と共にセレスが地を蹴ってルーシェに迫る。


(速い……! けど……)


 セレスの動きがとんでもないのは事実だ。けれど今のルーシェには捉えられないものではない。


「出会ったころの私ならともかく、今の私ならそれくらいは対処出来るよ!」


 セレスが振り下ろした剣をルーシェは自分の剣で受け止める。そのまま反撃に転じてセレスに斬撃を叩きこんでいった。


「やるね、こっちも手は抜けないようだ」


 ルーシェの繰り出す高速の斬撃をセレスはすべて受け止める。手は抜けないなんて言っていてもまだ余裕はありそうだった。


(まあ、こんな程度じゃセレスは動じないよね)


 それはルーシェも想定していたことだ、だから驚きはしない。


「これなら……!」


「!?」


 ルーシェの周りに氷の槍が生み出される。それはセレスやダリルが今までの戦いで見せた魔力操作を真似したものだった。


「まさか……この短時間で魔力操作のほうも私やダリルの技を真似たのかい?」


 セレスが驚いたように口にする。仮に見ていたとしてもそれほど回数がそれほど多くない技を盗んで自分のものにしてしまうなんて並みの人間には無理だ。


「やっぱり君は……この時代より私の生まれた時代のほうが生きやすかったのかもしれないね」


 ぽつりとセレスが呟く。ルーシェに向けたその言葉にはどこか憐れみが漂っていた。セレスが呟いた言葉にルーシェは笑う。


「そうだよ! 今、セレスが言った通りだ! 私は今の時代に生まれてずっと苦しかった、剣の腕があったところでやることは魔物の退治がせいぜいだ。本当の意味で私を満足させてくる相手もいない!」


 今まで抱えていた感情を吐き出すようなルーシェの言葉。その言葉にセレスは顔を顰める。


「あなたの戦う姿を見て始めて他人を超えてみたいと思ったのよ! あなたとの戦いはきっと私の心を満たしてくれるだろうって! だからもっと本気で来て、セレス! ずっと向けていた憐れむような目線はいらない! いつものただ相手を倒すことのみを考えているあなたと私は戦いたいの!」


 ルーシェは剣を横薙ぎに振るってセレスを弾き飛ばす、弾き飛ばされたセレスにルーシェが先ほど生み出した氷の槍が襲い掛かった。


「分かったよ」


 セレスはそう言いながら自分の周囲に炎を発生させて迫りくる氷の槍をすべて溶かしてしまった。そうして剣を構え、ルーシェを見つめる。


 その目には先程のルーシェを憐れむような感情はもうない、あるのは相手をいかにして相手を倒すかのみを追求する冷徹なものだった。


「本気で相手をすると言ったのに憐れみは確かに不要だ。もうそれも捨てる」


 言葉と共にセレスは再びルーシェへと向かってくる。ルーシェは笑みを浮かべながらそれを迎えうった。


「そう、その目だよ、セレス! その相手をいかに倒すかを追求しているあなたと私は戦いたかった! やっとその状態になってくれた!」


 完全に切り替えたセレスの様子に喜びながらルーシェはセレスの攻撃を迎え撃つ。剣戟の応酬が続き、金属音が激しい音楽のように鳴り響く。二人の決闘を邪魔するものは誰もいない。


「あはは……あはははははははは!」


 吐息のようにルーシェの口から笑いが漏れる、それに込められた感情は歓喜。


「楽しい! 楽しい! 楽しい! あなたとの戦いはやっぱり楽しいわ! セレス!」


 昂る感情のままに剣を振るうルーシェの攻撃をセレスはすべて受け流す。彼女はルーシェを弾き飛ばすと魔力操作で生み出した火球をルーシェに向かって放った。


 ルーシェはそれをかわすと氷の槍を生み出し、セレスに放つ。セレスは土の壁を形成してそれを防いだ。


「まだまだ!」


「!?」


 氷の槍を防いだ土の壁を越えてルーシェがセレス目掛けて斬り込んでくる。再び二人の間で剣が交わり火花が散る。


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 裂帛の気合と共にセレス目掛けて剣を振るい続けるルーシェ。どんどんその勢いは増していく。


「そこ!」


「!?」


 ルーシェは持っていた剣から右手を離し、セレス目掛けて突き出した。その右手には氷で出来た剣が握られていた。セレスは首を振って回避はしたものの氷で作られた剣はセレスの頬を掠める。セレスの頬からたらりと赤い雫が流れ落ちた。


「外したのは悔しいわね、でもまだ終わりじゃない!」


 氷の剣による不意打ちが決まらなかったのを悔しがりながらも今度は二刀でセレスを責め立てるルーシェ。彼女の猛攻によってセレスは押されていく。


「やるね」


 感嘆の言葉を漏らすセレス。ルーシェの成長にセレス自身も驚いていた、このままいけば自分を遥かに超える強さを手に入れることだって出来るだろう。


(でもそれを成し遂げたところで今の時代にはきっと意味がないだろう)


 セレスは心の中で嘆く。ルーシェはきっと自分が生きていた時代に生まれるべき人間だったのだ。彼女と戦ってみて改めてそのことを実感する。


(だからこそ彼女の苦しさは分かる。私も同じだったから)


 戦いの世に皇族として生まれ、国を導くように望まれた。その責務を全うし帝国を築きあげたけれどその人生の間、役割を生きている苦しさは消えなかった。だから二回目の生でなんの役割も持たず普通に生きることを選んだのだ。


(つくづく似ているね、私達は)


 どちらも生きる上での苦しさを抱えながら生きている点がどうしようもなく似ていた。あの日契約したのもきっとなにかの縁だったのだろう。

 だからこそ彼女の餓えを満たす役割は自分が果たす。


(余計なことかもしれないけど私が君のことを全力で相手をして君の心が満足するのなら喜んで付き合ってあげるよ)


 猛攻を続けるルーシェの剣をセレスは力を入れて弾き返す。体勢を崩した彼女へ蹴りを叩きこんだ。蹴りを叩きこまれたルーシェは地面に何度も叩きつけられながら遠くへ飛ばされる。


「まあ、今の君はこんなものではたいした傷にはならないよね」


 思い切り蹴りを受けたルーシェだがすぐに立ち上がり、再びセレスのほうへと向かってくる。鉄と氷で出来た刃がセレスへと絶えず降り注ぐ。

 それをすべて防いでいくセレス。剣を振るい続けるルーシェはとても楽しそうだ。


「その二本の剣は厄介だから一本破壊させてもらうよ」


 セレスが発生させた炎はルーシェが右手で持っている氷の剣へと纏わりつき、消滅させた。


「ちっ!」


「これで最初に戻ったね」


 氷の刃を燃やして今度はセレスが反撃に出る。凄まじい速度で剣が振るわれるがルーシェは怯まない。


(ああ、やっぱりセレスは凄い)


 自分の攻撃すべてに対処してきたセレスにルーシェは感嘆する。


(あなたと戦っているとすべてが満たされる。やっぱり私の勘は正しかった)


 このセレスとの戦いを通じてルーシェは人生を通じて感じたことのない充足感を感じていた。

 同時に自分がこの時代に似つかわしくない人間だということも実感する。


(でも今はそんなことはどうでもいい。この瞬間だけはセレスとの戦いのことだけを考えていたい)


 今のルーシェにとってそんなことはどうでもよかった。目の前のセレスとの戦いのみが彼女の餓えを満たすのだから。


「セレス! これならどう!」


 ルーシェは一旦セレスから距離をとると大量の氷の槍を生み出した。先ほどセレスに放ったものより遥かに数が多い。

 その槍をルーシェは一斉にセレス目掛けて放つ。炎で溶かすのが追いつけない量を放てばセレスはどう対処するだろうか?

 セレスは迫ってくる氷槍をじっと見据える。やがて魔力が練り上げられ、槍が届く直前でそれが放出された。放たれた魔力によって氷の槍がすべて叩き落とされる。


「これで終わりかい? ルーシェ?」


 悠然と立っている圧倒的な王者。その姿にルーシェは見惚れてしまう。


「セレス、やっぱりあなたはとても美しいよ」


 その無駄なく洗練された戦闘の腕は一つの芸術だ。


「だからこそ超えてやる! この一撃で!」


 この戦いをずっと続けていたいけれどルーシェの目的は勝利を手に入れること。だから勝利を手に入れにいこう。


「はあああああああああああああああああああああああああ!」


 ルーシェは己の内の膨大な魔力を一気に練り上げていく。それはセレスが最初に見せた魔力を放つ技の前兆だ。


「決着を付けましょう! あなたもこの技で来てよ、セレス! 私に勝つ自信があるならね!」


 挑発の言葉をセレスに投げかけるルーシェ。普通ならこの言葉にセレスが乗る必要はない。

 けれど、


「真っ向勝負を選ぶなんてね……いいよ、君の技を正面から打ち破ってあげる」


 不敵な笑みを浮かべ、ルーシェの挑発に乗ったセレス。彼女はルーシェと同じように魔力を練り上げ始めた。二人の魔力が暴風雨のように吹き荒れる。


「君は全力を打ち破られないと納得しないだろうから……私も全力でいく!」


「ふふ、ありがとう。勝負に乗ってくれて!」


 高揚した声でルーシェはセレスに感謝を伝える。その声には隠し切れない喜びが滲んでいた、普段ルーシェを接している人ならばきっと彼女のこんな表情は見たことがないと言うだろう。


「「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 お互い同じ時に魔力を放つ。放たれた魔力は二人の間でぶつかり、拮抗した。


「ぐううううううううううううううううううううううううううううううう!」


 少しでも気を抜けばこの均衡は崩れて負けることになるだろう。ルーシェの直感がそう告げていた。


(まだ魔力が足りない……ならもっと自分の中から引き出して押し切るだけだ!)


 魔力を放ちながら、ルーシェはさらに己の限界に挑むかのように魔力を引き出す。拮抗していた魔力が少しずつセレスのほうへと迫っていった。


(いける! このまま押し切ってやる!)


 確かな手ごたえを感じたルーシェはここで勝負を決めようと放出する魔力をさらにあげていく。このまま勝負は決まってしまうかに見えた。


「見事だよ、ルーシェ」


 セレスが心の底からの賛辞を贈る。


「でも私も負けるつもりはないんだ」


「えっ……」


 ルーシェが戸惑いの声をあげる。なぜならセレスが途中で魔力の放出をやめたからだ。彼女はそのままルーシェが放った魔力をかわして一気に距離を詰める。ルーシェの放った一撃は地面を抉り、そのまま空しく空を切った。魔力を放ったばかりのルーシェは接近したセレスの攻撃に反応することが出来ない。


「あっ……」


「君の成長は見事だったよ。だけどまだまだ戦いの経験が足りないね」


 セレスの言葉とともにお腹に彼女の拳が叩きこまれ、ルーシェの視界は暗転した。



「ん……」


 ここはどこだろう? ルーシェは重い頭を働かせながら意識を失う前のことを思い出そうとする。暗い空が視界に入ってきたことでどうやらまだ女神が作り出した空間にいることは分かった。


「私……」


 そうだ、自分はセレスに決闘を申し込んで、そして……。


「目が覚めたかい、ルーシェ」


 もう何度も聞いた涼やかな声がルーシェの耳に入る。セレスは自分の顔を除きこむようにしてルーシェのことを見ていた。さらに状況を確認するとどうやら自分はセレスに膝枕されている状態ということに気付く。そんな自分の状態とセレスの顔を見て自分がどうなったかを思いだした。


「ああ、そうか。結局負けたんだった、私は」


 ぽつりとルーシェは呟く、全力を出した戦いで彼女はセレスに負けたのだ。それも警戒していれば対処出来たかもしれない手で。


「悔しいかい? 私に負けたこと?」


 ルーシェの顔を覗き込みながらセレスが尋ねてくる。ルーシェはセレスの質問に少し考え込みながら口を開いた。


「悔しくないと言ったら嘘になるけど……それ以上にこの戦いへの満足のほうが強いわ。心の底から楽しかったって思っている自分がいるの」


 ルーシェは穏やかな表情でセレスに微笑みかける。今の彼女には戦いの前の無気力な雰囲気はなかった。


「そうかい、君の心の餓えが満たされたのならよかったよ」


「でも最後のあの攻撃はやっぱりずるいと思うわ。せっかく正面からやり合ってくれたと思ったのに途中で奇襲に切り替えるなんて」


 ふてくされたように言うルーシェにセレスは不敵に笑って答える。


「そこは戦いだからね。あらゆる手段を用いて勝ちに行くよ、私は」


「……卑怯者」


 くすりと二人から笑いが漏れる。しばらく二人の間に沈黙が落ちたがルーシェが再び会話を始めた。


「セレス、ごめんなさい。私の我儘に付き合わせちゃって」


「気にしなくていい。契約者だろう、私達」


「もう解消しちゃったでしょ、試練は終わったんだし」


「まだこれからさ。第一、私がこれからこの時代で生活していくための基盤や人との繋がりは君しかないんだからまだお世話になるつもりだけど?」


 少しおどけた調子で言うセレスの発言にセレスはくすりと笑った。確かにセレスの今の時代での人生はこれからだ。


「だからこれからもよろしく頼むよ、ルーシェ」


「うん」


 願いを叶えた二人の少女を嬉しそうな女神と美しい満月が見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女は英雄に希う 司馬波 風太郎 @ousyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ