第17話

「死ね! セレスティア」


 怒声と共にダリルが生み出した氷の槍が放たれる。凄まじい勢いで迫りくるそれをセレスは魔力を放出してすべて叩き落とした。


「ちっ! 行け!」


 ダリルの合図で傍に控えていた三つ首の怪物がこちらに迫ってくる。怪物はまず弱いと判断したのかルーシェのほうへと突撃していった。


(前までの私なら対応出来ていなかったでしょうね。でも今は)


 今のルーシェはセレスとの契約によってセレスの戦闘技術を学んだ状態だ。だからこの怪物相手でも怯むことなく戦いを挑んでいく。

 三つ首の怪物はルーシェに食いつこうとして大きな口を広げて彼女に迫る。しかしルーシェはその攻撃を苦もなくかわし、逆に怪物の足を斬っていた。

 悲鳴を上げる怪物は怒り狂ってルーシェに追撃を加えてくるが彼女はすべての攻撃をかわして怪物の体に斬撃を加えていく。誰の目にもルーシェが怪物を圧倒しているのがはっきりしていた。


「ば、馬鹿な……あの女がこれほどの力を持っているはずがない……なぜだ! なぜあの女が私の生み出した傑作を圧倒している!」


 この戦いの結果を受け止められないのかダリルが悲鳴じみた声をあげる。


「彼女は私の技術を吸収して強くなったのさ。あんな怪物で倒せるわけがないだろう」


「!?」


 耳元から響いてきた冷たい声にダリルの背筋が凍る。いつのまにかセレスが近くまで接近していた。振り下ろされた剣をダリルはかろうじて受け止める。


「くそ! あの女さえいなければすべてうまく言っていたのに!」


 セレスと斬り結びながらダリルが悪態をつく。彼にとってはセレスの心が折れた時点ですべてが終わる算段だったのだろう。

 しかしその計画はルーシェによって破綻させられてしまった。セレスは立ち直り、契約者であるルーシェはセレスの戦い方から学んでダリルの予想より強くなったのだから。


「こんなはずでは……こんなはずでは……」


「もう諦めなよ、ダリル」


 まだ諦めようとしないダリルにセレスは冷然と告げる。それはまるで死神の宣告のようだった。


「ぐっ……まだ私は……!」


「君の負けだ、あっちはもう決着がつくみたいだよ」


「なにい……!?」


 セレスが顎でルーシェと怪物が戦っているほうを示す。ルーシェと怪物の戦いは決着に向けて動いていた。

 怪物はルーシェを捉えようと必死に攻撃を繰り出している。しかし魔力による身体強化をより高い精度で行えるようになったルーシェの動きを怪物はまったく捉えられていなかった。一方的にルーシェに斬られていく怪物の動きはどんどん鈍っていく。


「そろそろその首が鬱陶しくなってきたわね!」


 ルーシェは振るう剣は怪物の首を捉えた。美しい軌跡を描いた剣は綺麗に怪物の首を斬り飛ばす。

 首の一つを斬り落とされた怪物は雄たけびをあげて後退する。やがて怒りに身を任せてルーシェに向かって突撃してきた。しかしそんな攻撃が今のルーシェに当たるはずもない。彼女は怪物の突撃を苦もなくかわすと残った二つの首も鮮やかに斬り落とした。頭を失った怪物の体はゆっくりと傾き、大きな音を立てて地面に倒れた。


「……馬鹿な……!」


 茫然とした様子でダリルが呟く。


「もう君の負けだ。大人しく負けを認めろ、ダリル」


 セレスがダリルに剣を突きつけながら宣言する。彼女の言うとおりあの怪物は彼の最高傑作だった。あれが倒された以上もうダリルがいくら他の手駒を出してもルーシェとセレスに返り討ちにされるだろう。


「セレスティアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 すべての打つ手を失ったダリルは怒りの声をあげてセレスティアに向かってくる。その剣を振るう速度は今まで彼が振るった剣の中で一番だった。


 しかし迷いのないセレスには通じない。彼女は涼しい顔でダリルの一撃を受け止めていく。彼が魔力で氷の槍を生み出せば火を生み出して無効化し、ダリルの攻撃を一つ一つ潰していった。そんな応酬がしばらく続く。


「はあ……はあ……」


 すべての攻撃を出し切ったダリルは肩で息をしながらセレスを睨みつける。彼女はあれだけの応酬をしても相変わらずなんともない様子でそこに立っていた。


「どうしてだ! どうして理解しようとしない! 君を理解出来るのはこの私だけなんだぞ! それが分かっているのか!」


 ダリルの心からの叫びにもセレスは答えない、ゆっくりと彼に近づいていく。


「……君は君なりに僕のことを考えてくれていたのかも知れない」


 憐れむような視線をダリルに向けながらセレスは言葉を紡ぐ。


「けれど君の気持ちは全部一方的だ。私を楽にする方法も全然私の意志を汲まないで考えられたものだ。そんなものにはやっぱり付き合えないよ」


「ま、待ってくれ……セレスティア……!」


「いいや、これで終わりだ、ダリル」


「ひっ……」


 引き攣った声がダリルから漏れる。きっとダリルにとって今のセレスは死神のように見えていただろう。

 ダリルに最後を告げてセレスは剣を振り下ろした。



 振り下ろされる剣が自分を斬り裂こうとする直前、ダリルの脳裡には前世のことが頭に浮かんでいた。

 ダリルは才能のある王子として生まれた。生まれに相応しい能力を持っていた彼は当然のように王になり国を治めた。

 しかし彼の心は常に冷え切っていた。自分がなんでも出来る彼にとって周りは愚物に過ぎない。いつしか彼は自分が周囲の愚かな人間を支配するのは当たり前だと思うようになっていく。

 そんな時に彼はセレスティアと巡り合った。これが彼の運命を大きく変えてしまう。


 ああ、なんと美しい!

 

 彼女の容姿、そして聡明さに魅了された彼は彼女を自分のものにしようとした。ダリルはセレスティアに自分の妻になれと迫る。


「断る、私はあなたの所有物ではない。そのような物言いは不愉快だ」


 ダリルの申し出を聞いたセレスティアは不快な感情を隠そうともせず答えた。


(なぜこの女は私の申し出を断るのだ? 私ほど優れた人間はこの世にいないというのに)


 ダリルにとってこれが臨んだものが手に入らない初めての経験で激しい屈辱感に襲われた。その後彼の国とセレスティア率いる帝国は何度も戦禍を交えることになる。最終的にはセレスティアによって彼と彼の国は滅ぼされた。


 そして今、


(ああ、また私はこの女に滅ぼされるのか……)


 目の前に迫るセレスティアの剣、彼は再びセレスティアによって滅ぼされようとしていた。正直今の彼女は死神のように見えるし、恐怖も覚える。

 しかしかつてと同じようにダリルは死神の彼女をどうしようもなく美しいと振り下ろされる剣に体を斬り裂かれながら思った。


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