第16話
「ここに貴様が来るだと……そんな馬鹿な……」
ダリルが呻くように言う。彼の考えでは自分がセレスの相手をしている間はアイラがルーシェを足止めしてくれる算段だったのだ。
それが一体どうしたことだろう? 今この場に立っているのはアイラによって足止めされている小娘のほうではないか。
「貴様、一体どうやってアイラを倒した……『天授』もない貴様が……」
ダリルが初めて苦々し気な表情を浮かべる。予想外の展開は彼を苛立たせていた。
「別に小細工はしていないわ。真正面から打ち破っただけよ」
「そんな馬鹿な……! 貴様如きに『天授』を授かったものが敗れるものか……」
「敗れたのだから仕方ないでしょう、結果をちゃんと受け止めたほうがいいわ。今ここに立っているのは私なんだから」
感情的になったダリルにルーシェはあくまで冷静に回答を返す。その姿はとても堂々としていた。
「……忌々しいがどうやら本当にアイラは負けたようだな。役立たずめ!」
ようやく結果を受け止めたようだがダリルは苦々しげに吐き捨てた。
「セレス、大丈夫?」
ルーシェが心配そうにセレスに声をかけてくる。しかしセレスはうまく答えることができない。
「ねえ、あいつになにかされたの?」
「わ、私は……」
「……」
セレスは苦悶の表情を浮かべてぽつりと呟くだけだ。
(一体なにを言われたのかしら? セレスがこんなふうになるなんて)
「彼女がどうしてそんな風になったのか気になるようだね」
癇に障る声がルーシェの耳に入ってくる。落ち着きを取り戻したダリルのものだ。
「あなた、セレスにどんなことを言ったの?」
「ただ彼女がどういった人間だったかを思い出させてあげただけだよ。彼女を理解出来るのは私だけだと教えてあげたのさ」
ダリルは得意げに語りながら話を続けた。
「君は彼女が前世でどんな風に評価されていたのか知っているかい? 今の時代では彼女に関しては帝国が英雄として記録を残しているからそういう形で彼女のことが伝わっているだろう。しかし彼女が生きていた時は戦争を楽しむ狂人などと言われていたものさ。本人は平和と安定を目指して戦っていたのにね」
「……!?」
ダリルの言葉にルーシェは息を呑む。それはあの夢で見た光景でセレスと戦っていた兵士が彼女のことを悪魔と呼んでいたことを思い起させた。
「どうやら君は何故か知らないけれど彼女がそう言われていたことを知っているようだね。なら分かるだろう? 彼女が他人に理解されなかったということも」
悔しいけれどダリルの言っていることは理解出来てしまった。セレス自身もルーシェと王都を巡った時に言っていたことなのだ。自分はこの平和な世で生きていくことが出来るのだろうかと。その時の彼女の不安そうな顔がルーシェの脳裏を過った。
「私は彼女の理解者だ。同じように世界の制覇を目指したものとしてね。彼女がそんなことで悩まないようにすることが出来る。だから君もおとなしくしていてくれたまえ。そして私に彼女のことを任せてもらおう」
ダリルはそう宣言すると魔力を操り、氷の刃を生み出した。生み出された大量の刃がルーシェ目掛けて殺到する。
ルーシェはその刃の雨をかわしていく。しかしダリルが攻撃の手を緩めることはない。
「しぶといな、逃げ回って余計な手間をかけさせないでくれ」
「くっ……」
攻撃の勢いはさらに激しさを増していく。かわすのも限界が近づいていた。
「ははは、そんなものか! やはり貴様は彼女の傍にいるのにふさわしくないようだ! おとなしくここで敗北せよ!」
ダリルが陶酔しながら叫ぶ。激しさを増す氷の雨を抜けてルーシェはダリルの元へと迫った。
「!?」
「さっきから好き勝手言ってくれてさ」
静かな、けれど確かに怒りを孕んだ声。
「セレスの前世は……私は垣間見ただけだから偉そうにいうことは出来ない。彼女の苦悩を推し量れるなんてことを言う気はないわ、でもね」
鋭い視線で射貫くようにルーシェはダリルのことを睨む。その視線にダリルは一瞬たじろいだ。
「セレスは今ここで必死に普通に生きたいって願っているの。それをお前なんかが勝手に自分に支配されれば幸福なんていって踏みにじっていいわけないでしょう!!」
強い言葉と共にダリルへ剣が振り下ろされる。彼は自分の剣で慌ててその攻撃を防いだ。
「彼女が必死に生きようとしているのを邪魔するな! お前の行為は一方的な気持ちの押し付けで邪魔なだけだ!」
「なんだと……」
ダリルの顔が怒りでひきつる。
「貴様に彼女のなにが分かるというのだ!」
感情に任せたまま剣を振りぬき、ダリルはルーシェを弾き飛ばす。
「彼女にふさわしいのは私だ! 君如きが彼女を語るんじゃあない!」
「はは」
笑い声をあげながらルーシェは剣を構える。その瞳に迷いはない。
「なにがおかしい……!」
「あなたに言っていることが滑稽だと思ったから。セレスと過ごした時間は短いけれど私は彼女のことを普通の女の子だと思ったわ。あなたのようにセレスのことを憐れんで支配しようなんて思わない」
「知ったような口を……貴様が彼女のなにを理解しているというのだ」
「分かるわよ」
ダリルの言葉をルーシェは自身に満ちた言葉で一蹴した。
「だって私は彼女の契約者だから。今の彼女がなにを望んでいるのか近くで見て来たもの」
そうだ。
今、セレスは必死にこの時代を生きていこうと思っている。そのために女神の試練なんて理不尽なものに挑んでまで普通に生きることを願おうとしている。
だったらその願いを彼女の契約者である私がちゃんと受け止めてあげないでどうする?
「セレス!」
「!?」
ルーシェは大声を出して彼女に呼びかける。セレスはびくりと肩を震わせて顔をあげた。
「あなたのことを私は全部知っているわけじゃない! それでも私はあなたが前世で呼ばれていたように戦争狂いの狂人と思ったりしないわよ! 今のあなたは今のあなただ! どこにでもいる普通の人間だ! こんな奴の言葉に惑わされないで!」
「ルーシェ……」
ルーシェの強い言葉にセレスはなにかを考えるように黙り込む。しかしやがて顔をあげてルーシェのほうを見た。
「ルーシェ、ありがとう。君のおかげでダリルの甘言に乗らずに済んだ」
ルーシェにお礼を言ってからセレスはダリルを睨みつける。
「ダリル!」
「!?」
「私は君の思い通りにはならない! 私は君を倒して自分の願いを叶えさせてもらうよ!」
「セレスティアァ……」
セレスの言葉を聞いたダリルの顔が憤怒に染まる。
「なぜだ! なぜ君を理解出来るのは私だけだということが分からない! 君がいくらあがいたところで周囲は君を虐げるだけだぞ!」
「そんなことはないさ。ここにいるルーシェは私を普通の人だと言ってくれた」
「!?」
「彼女のような人間が傍にいてくれる限り私は君の言うような孤独な者ではない! 契約者である彼女と一緒に君を倒す!」
「……!? おのれえ……!!」
ダリルの怒りに反応して氷の槍が大量に形成される。さっきルーシェに放った氷の刃より数が多い。
「そこまで分からないというのならもはや問答は不要だ! 君を殺して私の「天授」で支配してやる! 私が支配した世界で可愛がってやるとするさ!」
ダリルが戦闘状態に入る。それに合わせて剣を構えるセレスの傍にルーシェがやってきた。
「ルーシェ、ありがとう。君のおかげで彼に惑わされずにすんだ」
「お礼は後! 今はあの男を止めるのが先でしょう?」
「ああ」
試練を終わらせるために二人の少女は剣を構えた。
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