第15話

「はああああああああああああああああああああああああ!!」


 裂帛の気合と共にセレスから凄まじい魔力が放たれる。地面を抉りながらその光はダリルへと迫った。


「はは、危ないなあ」


 が、その光はダリルを焼き切ることはない。彼は自分が支配したものを盾にしてセレスの攻撃を防いだ。焼け焦げた人間をダリルは無造作に放り投げる。彼の周囲には同じように焼け焦げた人間が転がっていた。


「……君は本当に悪趣味だな、前世から全然変わっていない」


「悪趣味とは失礼だね、弱いものは私のような強い者に支配され、奉仕する運命にあるのさ。だからこうやって盾になることを彼らも喜んでくれるだろう」


 ぎりっとセレスが歯を噛みしめる音が響く。彼女は今のダリルの発言に怒っていた。


「いい加減君の発言を聞くのは不愉快だ。もう終わらせる」


 セレスは地を蹴って一気に距離を詰め、袈裟斬りに剣をダリル目掛けて振り下ろす。しかしそれも軽くダリルに受け止められてしまう。


「はは。私だけに集中していていいのかな? 周りに対する注意がおろそかになっているぞ」


「!?」


 ダリルの言葉と共にセレスに強力な一撃が叩きこまれた。セレスの体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 セレスは立ち上がってなにが起きたか確認する。そこにいたのは異形の怪物だった。先ほどの怪物と同じように体の中心に当たるところに三つの目があり、左右の腕が二本ずつ付いていた、腕の数は全部で4本ある。同じような個体が何体かダリルの周りに現れていた。


「ははは、すばらしい力だ。よくやったね」


 異形の怪物に声をかけるダリル。その様子を見ていろいろと疑問に思っていたことがセレスの中で解けていった。


「なるほど。今回の魔物をここに放ったのは君だったのかな?」


 ダリルはにやりとあざ笑うかのような笑みを浮かべた。


「そうとも。この魔物達は私の『天授』によって生み出されたものだ。私は生命と生命を融合させる『天授』も持っているのだよ。こいつらは様々な魔物を掛け合わせて生まれたものだ。すばらしいだろう?」


 ダリルが得意げな調子で話すのをセレスは苦々しげな表情で聞いている。なんて出鱈目な『天授』だとセレスは思った。相手を支配し、生命を思うままに作り変えるなんて反則的にも程がある。


「この力を持って私はこの世界を手に入れてみせる! そして君にも勝つのさ! セレスティア!」


 気分が高揚しているのかダリルはいつにもまして饒舌に喋る、相当に機嫌がいいのだろう。


「さあ、お前達やってしまえ! あの女を殺すのだ!」


 ダリルの号令と共に彼が生み出した異形達が一斉にセレスに殺到する。

「はあ、本当に手数だけは多くてうんざりするね」


 セレスの周りに魔力が渦を巻いて沸き起こる、やがてその魔力は彼女を中心に広がり、セレスに向かってきていた怪物達を一瞬にして吹き飛ばした。魔力の放出を食らった怪物達は一撃で絶命していた。


「君が生み出した自信作とやらはこの程度かい? だとしたら私を舐めているのかと言いたくなってきてしまったよ。こんな木偶人形程度で私が倒せるとでも思っていたのか」


 冷たい目でダリルを見つめるセレス。だがダリルは動じた様子を相変わらずみせない、むしろより楽しんですらいるようだった。


「ははは、君はやはり素晴らしい! こいつはなかなか自信を持って生み出したんだけどまさか一撃で殺されてしまうとは! これだから君は面白い!」


 ダリルは相変わらず興奮しているようだった。彼は陶酔したように言葉を紡ぐ。


「では君が退屈しないような相手を用意しよう、行け!」


 ダリルの言葉と共に現れたのは三つの首を持った魔物だった。首の種類はそれぞれ違っており、それが生命としての異様さを際立たせている。


「それが君のお気に入り? すぐに叩きのめしてあげるよ」


 三つ首の魔物に狙いを定めたセレスは地を蹴って相手に肉薄する。そのまま相手の足に向けて剣を振るった。


 三つ首の化物はそれに動じた様子を見せず、頭の一つを動かしてセレスを噛み砕こうとしてきた。


(予想以上に速い……)


 怪物のスピードの速さに戸惑ったものの攻撃を難なくかわしてセレスは魔力を練り上げて怪物に叩きこむ。多少は痛みがあったのか怪物は雄たけびをあげて苦しんだもののすぐに体勢を立て直してセレスに迫ってきた。


「案外しぶといね」


 思っていたよりしぶといことに驚いたが倒せない相手ではない。そう考えたセレスは相手の攻撃をかわしながら攻撃を叩きこんでいく。


「おっとそいつとの戦いに夢中になるのはいいけど私に対する警戒はいいのかな?」


 セレスが怪物と戦っている隙をついたつもりなのかいつのまにかダリルがセレスの背後をとり彼女の背中目掛けて剣を振り下ろそうとしていた。


「そんなものが私に通用するとでも?」


 そういうことをしてくるのは読めていたと言わんばかりにセレスはダリルの振り下ろした剣を受け止める。そして魔力を操って炎を発生させて反撃に転じた。ダリルと怪物は炎に飲まれまいと距離をとる。


「逃がさないよ」


 しかし距離をとることをセレスは許さない。魔力で身体を強化して一気にダリルとの距離を詰めて彼目掛けて剣を振り下ろす。


「くははは!」


 ダリルはセレスが振り下ろした剣を自分の剣で受け止める。


「素晴らしい! もっと楽しもう、セレスティア!」


「生憎、私は貴様との会話を楽しみたいとも思っていない」


 セレスは少しうんざりしたように言いながらダリルを攻める手を緩めない、がダリルに攻撃を加えようとすると彼の生み出した化物がセレスを足止めするために攻撃を加えてくる。


「ちっ!」


「君の思うようにはさせないよ、私は君に勝つつもりでここにいるのだから!」


 ダリルの攻撃が激しさを増す。化物と息のあった連携でセレスを追い込んでいく。三つ首の怪物がセレスを噛み砕こうと口を開けて彼女に迫った。セレスはその攻撃をかわすがかわした先にダリルが魔力によって生み出した氷の槍が迫る。


「こんなもので……」


 魔力を周囲に放出し、氷の槍を砕くがその間に怪物の口がセレスの傍に向かって迫っていた。


「っ……」


 迫る怪物の口、セレスはその怪物の頭に蹴りをいれて怪物を吹き飛ばしたが吹き飛ばされなかった首の一つが魔力を集めてセレスに向かって放ってきた。


「……!?」


 蹴りを放った状態のセレスはその攻撃をかわすことが出来ずに怪物の攻撃を喰らってしまう。怪物の攻撃を喰らって地面を転がる彼女目掛けてダリルかさらに追撃をかけた。セレスの周りで爆発が起き、辺りが煙に包まれる。


「……」


 普通ならこれで死んでいてもおかしくない。しかしセレスはその場に立っていた、傷は追っているものの再起不能のようなものではない。彼女は変わらずダリルを睨み、その瞳からは戦う意思が消えていなかった。


「本当に君は強く、美しい! とてもね」


 ダリルはそんなセレスの様子に感心したように呟く。


「何度も言うけれど君にそんなことを言われても嬉しくはないよ」


「本当に傷つくなあ、私は君のことを本当に褒めているのに」


 ダリルから先ほどまでの状況を楽しんでいるような雰囲気が消える。表情を真面目なものに変えた彼はセレスに語りかけ始めた。


「……しかし君がそれほど強くなったとしても君の周りの人間は誰一人として君を等身大の人間として見ようとしなかっただろう」


「!?」


 ダリルの言葉を聞いてセレスの動きが止まる。


「聞いたよ、あの女神から君がなにを願って試練に臨んだのか。普通の人としての生活、君はそれを切実に望んでいるのだろう、しかし君の周りはそれを許すと思うのかい?」


「……! それは……!?」


「前世での君の評価は英雄と言われると同時に……悪魔や狂人と言われていた」


 ゆっくりとダリルが語り出す。その話を聞いていたセレスの顔が苦悶に歪んでいく。


「君は有り余る力を授かった。その力で平和と安定をもたらし、英雄として讃えられた。しかし君を正しく理解せず恐れていた人間が多いのもまた事実だろう?」


 ダリルの言葉にセレスは唇を嚙みしめる。それはセレス自身も自覚していたことだったからだ。

 前世での彼女は確かに英雄と呼ばれていた、しかしそれと同じように戦場で無慈悲に敵を殺し、政敵を消していったことから悪魔と罵られたり、恐ろしい人物と見られることも同じくらい多かった。


「究極的には実の弟にまで反乱を起こされてしまった。彼は姉弟であっても君を理解することは出来なかったのだ」」


 ダリルの言葉がセレスの心を深く抉っていく。そうだ、彼の言う通り、前世でセレスのことを本当の意味で完全に理解していた人間は少ないのだ。


 姉上は一体何者なのですか? 人としての情はあるのですか?


 反乱を起こした弟が最後に放った言葉がセレスの脳裏を過る。彼女はもうその場から動けなくなっていた。


「可哀そうに。君は必死に自分の国や民が安定して暮らせるようにするために自分の感情を殺して安定した世を作り出そうとしていたのにそれを理解できる人間は少なかった。戦争を望む狂人と君を評価する者もいたね」


 そうだ、そんなふうに自分を評価する人間もいた。言われた相手がその評価にどれだけ傷付いたかなんて言った人間はきっと気にしていないだろう。そんなことを言われ続けて皇帝として国の安定を追求した人生だった。


「私は君の理想を理解している。君に敗れたとはいえ目指すところは同じだったからね。所詮愚かな者達は我々の理想を理解しようともしない。君がどれだけ傷つきながら統一という結果を成し遂げたかなど誰も興味がないのさ」


 ダリルはゆっくりとセレスへと歩み寄ってくる。セレスの目の前までやって来ても彼女はダリルに対してなにか行動を起こしたりはしない。


「君の望みは私が叶えよう。私の支配を受け入れれば試練などという煩わしいものを成し遂げなくても何にも悩まなくていい生が手に入る、そんな孤独に悩まされなくても済むのだ」


 ダリルはセレスの顎に手を添えてくいっと持ち上げる。セレスは抵抗しない、ただダリルの為すがままにされているだけだ。


「ようやく私の支配を受け入れる気になってくれたようだね。それでいい、私の支配を受け入れれば楽になれる。さあ負けと認めろ、君の口から支配を受け入れるという言葉が聞きたい」


 満足そうに言いながらダリルはセレス自身が負けを認めるように促してくる。

(……彼に対して負けを認めれば楽になれるかな)


 もうダリルが言うように彼の支配を受け入れてしまおうか、そうすればいろいろなものから解放されるのだから。そんな考えがセレスの頭をよぎる。今の彼女は完全にダリルの言葉に心を折られかけていた。


「セレス!」


 しかしその考えは一人の声によってかき消された。

「えっ……」


「なに……!?」


 セレスとダリル、それぞれが戸惑いの声をあげる。


「馬鹿な、貴様がアイラを倒したというのか」


「ルーシェ……」


 二人の視線の先には金髪を靡かせながら赤い瞳でダリルを睨みつけている一人の少女がその場に悠然と立っていた。

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