第11話

「んんっ……」


 重い瞼をゆっくりとあげる。随分熟睡していたらしい。


「あ、起きたみたいだね」


 横から聞こえてくる涼やかな声、セレスがじっと見守るようにこちらを見ていた。

「おはよう、セレス。ふああ……」


 まだ眠いのかルーシェはとても眠そうにあくびをしながらセレスの挨拶に答える。どうやらまだ疲れが完全にとれたとは言いがたいようだ。


「ルーシェ、まだ疲れているかい?」


「うん、少しね。体が重い感じだけど動けないとかはないから安心して」


 セレスの気遣うような言葉にルーシェは笑顔で答える。


「それよりも今後のことを考えないと。まだあのアリアって人は逃げたままだし。それに他に試練の相手も出てきているかもしれないしね」


「君が問題ないというならその話をさせてもらうけれど……。女神は確かに一人ずつとは言ってはいなかったな、だから今私の試練の相手がこの時代のどこに出現しているのかは分からない」 


 女神がセレスに課した試練では全部で3人、あのルーマスを倒したので残りは2人のはずだ。アリアの他に後1人試練で倒さなければならない相手が存在している、人数が少ないと言ってももし手を組まれたりしたらかなり厄介になる可能性がありえるのだ。


「もしも仮に他の3人がもう今の時代にいた場合は他の人間と手を組むってこともあり得るのかな?」


「それはあり得るだろうね、アイラの件で確実になったけど女神は試練の相手となる人間に私に恨みや因縁のある人間を選んで来ているみたいだし。私を倒すという共通目標で結託するものもいるかもしれない」


「そうなると面倒なことになりそう……」


 ルーシェは思わず声を漏らしてしまう。彼らが女神から与えられた『天授』という力は特性個人で違えどかなり面倒な力だ。もし手を組まれたら対処に困ることになるかもしれない。


「だったら少しは相手のことを調べるために動いてみる? セレスを狙って王都に集まってくるのは確かなんだろうけど、怪しい人間の目撃情報を得られたりはするかもしれないからやらないよりはいいと思うわ」


 ルーシェの提案にセレスは少し考えこむ、やがて顔をあげるとルーシェのほうを見て頷いた。


「そうだね、君の提案には一理ある。少し王都でいろいろと探ってみよう」


「それじゃこれからやることは決まったね」


「ああ、準備を整えたら聞き込みを始めよう」


 今からやるべきことを決まったところでルーシェは立ち上がり大きく伸びをする。自分にはもう一つやらなければならないことがある。


「それじゃ私はちょっと鍛錬に行ってくるね、セレスはここにいて」


 あの戦いを経て、自分はまだまだ力不足であることを痛感した。このままだと自分は足手纏いのままでしかない。

 それに夢で見たセレスの剣技を実際に自分のものにしてみたかった、早く練習して出来るかどうか試してみたい。はやる心のままにルーシェは家から出て行こうとした。


「鍛錬? まだ休んだほうがいいんじゃないのかな?」


「平気。さっき言ったけど少し体が重いくらいで他は問題ないから」


 セレスが不安げに声をかけてくるがルーシェは一蹴してしまう。今の彼女になにを言っても止まる気配はなかった。


「……ならさ、ルーシェ」


 止めても聞かないことを悟ったのかセレスそれ以上止めようとはしなかった。その代わりにセレスはルーシェのほうを見ながらある提案をしてきた。


「私も君の鍛錬について行っていいだろうか?」 


「えっ? どうして?」


 突然の彼女の提案にルーシェは困惑してしまう。いきなりどうしたのだろう?


「いや、単純に君がどんな鍛錬をしているのか純粋に興味があるんだ。私も君の実力を一度見てみたいし」


 少しおどけたように言うセレス。しかし彼女の目は笑っていなかった。どこか相手を見極めようとするような冷徹な目。その眼光にルーシェは一瞬たじろいでしまう。

(どうしていきなりこんなことを言い出したのかしら? セレスくらい強ければ相手のことを観察したところでなにか得るものもないと思うのだけれど)

 自分と相手の実力の差は歴然なのにこの人はどうして私の訓練を見たいなどと思ったのだろうか。ルーシェにはセレスの行動の意味を理解することは出来なかった。


「駄目かい?」


 じっとルーシェを見つめながらセレスは尋ねてくる。セレスの態度は少し気になるところがあるけれどもルーシェには彼女の申し出を断る理由はなかった。


「セレスがそんなに私の鍛錬を気にする理由は分からないけど……見たいなら別に構わないよ」


「ありがとう」


 その時のルーシェを見るセレスの目はどこか人を哀れむようなものだった。セレスからそんな目を向けられる理由が分からないまま、ルーシェは鍛錬に向かった。



 剣の鍛錬のために家を出たルーシェ達は王都から少し離れた場所まで来ていた。ここには魔物も出るため、今までもルーシェはたまに1人で訓練に来ていたりしていた。戦う相手が勝手に湧いてきてくれるため、自分を鍛えあげる場所としては効率が良かった。


「よし、それじゃ始めようかしら」


 剣を鞘から抜き、構えるルーシェ。魔物がいないか探していると早速何体かの魔物と遭遇した。


「さて。悪いけど私の糧になってもらうわよ」


 見つけた魔物に向かって駆け出したルーシェ。剣を振るい、一撃で相手の命を奪った。他の魔物もルーシェに気づいてこちらに向かってくる。

 ルーシェはそれをものともせず、襲ってきた魔物を斬っていく。その動きには無駄がない。


(やっぱりセレスの動きを参考にして正解だった。自分の動きに無駄がなくなっていくのが分かる)


 魔物の相手をしている時、ルーシェは意識的にセレスの動きを真似して剣を振るっていた。そうすると今までの自分が如何に無駄な動きをしていたかが見えて来たのだ。


(うん、やっぱり私の判断は間違っていなかったわね)


 自分の判断に満足しながらルーシェは魔物と斬り続けていく。


「……これは……」


 ルーシェの動きを見たセレスが何かに気づいたように呟く。その間にもルーシェは次々と魔物を斬り伏せていった。


 やがて辺りは魔物の死体が大量に転がった状態になっていた。

「ふう」


 すべての魔物を倒したルーシェは剣に付着した魔物の血を払い、鞘に納める。


(セレスの動きを真似してみたら思った以上にうまくいったわね)


今までは自分より強い相手がいなかったからこういったことがルーシェはなかなか出来なかったのである。ルーシェは今回の鍛錬の結果に非常に満足していた。


「ルーシェ、今の動きは……」


 ルーシェが一人で満足しているとセレスが声をかけてきた。その顔には驚きの表情が浮かんでいる。


「セレス、どうかしたの?」


 セレスの様子が少しおかしいと思ったルーシェは彼女に尋ねる。


「今日魔物と戦っていた時の動きはもしかして私を模倣したのかい?」


「ええ、さすがに分かるわよね。あなたが戦っている時の動きを参考にして自分の動きを改善したの」


「……ルーシェ、君に一つ尋ねたいことがある」


 セレスは真剣な表情でルーシェのほうを見る。相手の雰囲気に押されてルーシェも黙り込んでしまった。


「どうしたのよ、セレス? そんな真剣な顔をして私に聞きたいことってなに?」


「君はどうしてそんな風に戦う技術を高めようとするんだい? 君と一緒に帝都を見て回った時、私はこの時代ではそんなことをする必要がないと感じた。確かに魔物はいるがそれも私が生きていた時代と比べたら脅威じゃない、皆が脅威に怯えて暮らさなくてもいい時代だ。それなのになぜ君は戦う技術を磨こうとする?」


 セレスはじっとルーシェを見つめながら問いかける。ルーシェは少し困った表情をしてからやがて口を開いた。


「それしか私には才能がなかったからよ。だからそれが活かせる騎士って職業をやってるの。魔物と戦うことは普通の人にとっては嫌なことだけれど私はそれが苦じゃないから。だから常識的に考えてセレスの言っていることが普通の人の感覚と私も思うわ」


 淡々とセレスの質問に答えていくルーシェ。素直に思っていることを口にしているといった様子だった。


「私も皆が安心して暮らせるのはいいことだと思うし、それで今の世に対して文句を言う気はないわ。……きっと私がこの時代に生きていて満足感を得られることはないんでしょうけどね、それが悪いこととは思わないの。まあさっきの質問の答えとしては戦うことに才能があったからになるのかしらね。これで満足?」


「……ああ」


「そう、なら戻りましょう」


 ルーシェは王都へ向けて歩き出す。セレスはその後ろ姿を複雑な表情で見つめていた。


「……ならなんで君はそんなふうに辛そうな顔をしているんだ」


 前を歩いているルーシェを見ながらセレスは小さな声で呟いた。



 それから二人は試練の相手の手がかりがないか王都でいろいろと調べて回った。しかし有効な手がかりを見つけらずに時間だけが過ぎていく。


「思っていた以上に手がかりが見つからないね」


 溜息と共にルーシェが呟く。調査してもなんの成果もあがらないため、少し疲れが出ているようだった。


「ここまでなんの手がかりもないと参ってしまうね。少しはなにか成果があがればよかったのだけど」


 セレスのほうもどこか疲れた様子だった。彼女もこの現状に疲れているようだ。

「いっそこの前のアイラのようにあっちから仕掛けてきてくれたら楽なのに」


「まったくだ。これではどうにもならないね」


 二人が天を仰いで嘆息していると玄関の扉が叩かれる音がした。


「誰だろう?」


来客の予定はなかったはずだけどなとルーシェは思いながら扉を開ける。扉の外に居たのは騎士団の人間でルーシェの同期だった。


「なにか私に用?」


 ルーシェの事務的な問いかけにも動じず、同期の人間は淡々と要件を告げた。


「ルーシェ、君にも参加してもらいたい討伐任務がある」

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