第10話
アイラとの戦闘の後、ルーシェとセレスはルーシェの家にたどり着いていた。
「ほら、ルーシェ着いたよ」
セレスはそう言ってルーシェをベッドの上に降ろす。緊張が解けたせいかルーシェにどっと疲れが襲いかかってきた。
「眠いのかい?」
セレスが顔を覗き込んで尋ねてくる。どうやら見抜かれてしまったらしい。
「うん、ちょっとね……疲れちゃったみたい」
「それはそうだろう、アイラと戦ったんだし。いろいろ私も君と話したいこともあるけれど今日はもう休んだほうがいい。君には急速が必要だ」
「そうね」
少し強い口調で言うセレスにルーシェは素直に頷く。そうしてベッドに横になった。
「私が見ててあげるから安心して眠るといいよ。なにも心配いらない」
「子供じゃないから。そんなに過保護にしなくても大丈夫よ」
「ふふ、そうかい」
セレスが柔らかく微笑む。その笑顔には先程戦闘の時に見せた冷酷さは一切ない。向けてくる視線も穏やかなものだ。
(一体どっちが本当の彼女なんだろう)
眠気が襲ってくるなかでルーシェはぼんやりと考える。こうやってセレスを見ているとまるで一人の人間の中に二人の人間がいるようだった。
(でもやっぱり私は……あなたが美しいと思う)
アイラとの戦いでも見せた無駄のない美しい剣技や戦闘の技術、今日の一件を得て、ルーシェはますますセレスの技の数々を超えたいと思うようになった。
(……あれを……超えたい。あの美しい技を……)
心の中でそう願いながらルーシェは眠りに落ちていった。
「そこまで!」
高らかに立ち会いを務めていた審判の声が響く。その声を合図に一人の少女は剣を修めた。
「勝者、ルーシェ!」
勝者の名前が告げられる、しかしそんなことに少女は感心を示さず、その場を足早に去っていった。
「またルーシェの勝ちか、凄いな」
「騎士団に入ってから負けなしか。先輩達まで悉く倒したって話だぞ」
「もう、彼女に勝てる人間は残ってないんじゃないか? このままだと教官達も倒してしまいそうだぞ」
「ふん、生意気な奴だ。痛い目を見ればいいのに」
「そのうちどこかで躓くよ。あんなふうに強いのも今だけさ」
自分に対する周囲の評価の声が聞こえてくる。尊敬や怒りなど様々な感情が入り混じったものだ。しかし当の少女はそんな言葉が聞こえていないと言わんばかりに歩を進めていく。彼女にとって聞こえてくる周囲の言葉はすべて雑音だった。それを口にしている人間達もいないに等しい存在としか見ていない。
「ああ……なんてつまらない……」
話題の中心となっている金髪に赤目の少女は誰にも聞こえないような声量でぽつりと呟く。その声にはなんの感情も籠もっていない。ただの機械のようだった。
「せっかく騎士になって自分より強い相手と戦えると思っていたのに……これじゃ騎士になる前となにも変わらない」
心底失望したと言わんばかりに少女は呟く。餓えた狼のように彼女の心は強者との闘争を求めていた。
「もっと……私が超えたいと思えるような相手はいないのかな」
希うようにそんな言葉を呟いて少女は彷徨う亡霊のように歩き出した。
「!?……今のは……」
夢を見ていた、奇妙な夢を。自分ではない誰かの経験を体験するような。
目を覚ましたセレスは周囲を確認する、横を見るとルーシェが穏やかな寝息を立てて寝ている。どうやら熟睡しているようだ。
「……夢にしては妙に現実感があったね……しかも夢の中で出てきた少女は……」
夢で出てきた金髪赤目の少女はセレスの横で寝ている少女と同じ名前でルーシェ
と呼ばれていた。ということはあの夢は彼女の体験したことなのだろうか。
「それにしても……」
セレスは夢で見た彼女を想い出す。現実に酷く退屈し、なんの感情もない目。そしてなにかを求めて彷徨い歩く亡者のような振る舞い。
「君は……」
夢の中での彼女はこの世界に退屈していた。自分の同じくらいの強者がいない世界に。
そして餓えていた、強者との闘争に。叶わぬ願いと諦めながら。
「……」
セレスはそんな彼女の様子を思いだし、表情を険しくする。戦うことでしか本当の意味で満足を得られない人間、夢で見たルーシェはそういう性質の人間だ。そんな人間にとって今のこの平和な帝国の世は酷く生きづらいだろう。
「……その感情が満たされることは今の時代ではないんだろうね……」
今の世では決して幸福になれぬ隣で寝ている少女にセレスはなにかを思い返すように悲しげに呟き、目を伏せた。
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