第8話
血の匂いが鼻をつく、辺りには夥しい数の死体が転がっていてあちこちで人の怒号や悲鳴が響き渡っていた。
そんな戦場で一際目立つ少女がいた。おおよそ戦場には似つかわしくない綺麗な銀髪に人形のような顔立ちをしている。
少女の美しい銀髪は血に染まって真っ赤になっている、手には二本の剣が握られておりその剣からも血が滴っていた。青く綺麗な瞳には感情は見えない。彼女はゆっくりと歩きながら、襲いかかってくる敵をすべて斬っていく。
「セ、セレスティア・エレメイン……!」
ゆっくりと歩いてきた彼女を見た敵の兵士が怯えた声を出す。そんな反応を相手がしてもセレスティアは無言でその兵士を見つめたままだ。
「ええい、なにをうろたえている!」
別の男性が怯えた兵士達を鼓舞する。
「しかし隊長、相手はあのセレスティア・エレメインです! まともに戦っても勝ち目は……」
「なにを言うか!」
隊長と呼ばれた男が弱気な発言をした兵士を叱りつける。
「相手はたった一人だ。どれだけ強い力を持っていると言われたって所詮人間なんだ。畏れずに戦え!」
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
隊長の命令には誰も逆らえず、兵士達が一気にセレスティアに襲いかかってきた。
セレスティアはそれでも動じていない。その場に立ったまま向かってくる兵士達を睨む。
やがて彼女の元にたどり着いた兵士の一人が剣を彼女目がけて剣を振り下ろす。彼女はそれを避け、その相手に自分の剣を振り下ろした。
一撃でその相手は絶命し、地に倒れ伏す。他の兵士達もセレスティアに向かってくるが彼女は苦もなくそのすべてを斬り伏せた。大勢を相手にしたのにまったく息も上がっていない。
「こ、この……あ、悪魔め……!」
残っているのは彼らに命令した隊長一人となっていた。やけになったのかセレスティアにむかって敗れ被れの突撃を敢行する。セレスティアは彼の攻撃をかわすとその隊長も斬り伏せた。斬られた隊長はもの言わぬ肉塊に変わる。
「次はあっちだね」
淡々と呟いたセレスティアはもうこの場に関心を失ったのか別の方角を見ていた。
「殺さないと。敵を殲滅して私は帝国に勝利をもたらすんだ」
まだ戦場ではあちこちで戦闘が続いている。セレスティアは戦いを終わらせるために血に濡れた二振りの剣を握りしめて次の戦場へと向かった――。
「!?」
ルーシェは自分の見た夢の凄惨さで目を覚ました。起き上がって周りを見る。目に映るのはよく知った自分の家、そして一緒に暮らしているセレスが横で規則正しく寝息を立てて床で寝ていた。
「今のって……」
今自分が見ていた夢については誰のものか容易に想像できた。
「あれって生前のセレスなの……?」
ルーシェが見た夢に出てきたのは間違いなくセレスだった。ただ彼女がいたのはどこかの戦場だった、今の時代ではないことは明らかだ。だとするとあれは彼女の生前の姿ではないかとルーシェは思った。
「なんて強さ……」
夢の中のセレスの強さは凄まじいものだった。多くの兵士を相手に冷徹に剣を振るっていく姿はセレスの相手が言っていたように悪魔のようだった。おそらくルーマスと戦ったあの夜の彼女よりも遙かに強い。やっぱり今の時代では霊体である以上、彼女が言っていたように契約した人間によって力が変わってくるのだろう。
そう考えるとセレスが君は凄いと言っていた自分は本当に凄いのかななどとルーシェは思ってしまった。
「私なんかまだまだだなあ」
夢で見たセレスは恐ろしくはあったけれど美しかった。相手の兵士を無感情に斬り捨てていくその剣技には無駄がなく洗練されていた。
彼女の強さに近づきたいと思っている自分がいる。
(あの剣技を盗めないかな。盗んで自分のものにしてみたい)
なんとなくそんなことを考えてしまっている自分がいた。正直さっきみた夢のせいで気分が高揚していて簡単に寝付けそうにない。
「少し夜風にでも当たろうかな」
気持ちを落ちつかせるためにルーシェは一旦家の外へ出た。歩いていると冷たい夜風が頬を撫でて昂った気持ちを落ちつかせてくれる。心地よさを感じながらルーシェは先程の夢で見たセレスの動きを思い返す。
「……思い返したら自分で剣を振るいたくなっちゃたな……」
よくない。気分を落ちつかせるために夜風に当たりに来たのに結局落ち着かなくなってしまった。
「はあ、もう一度寝よう」
そう呟いて家に戻ろうとした時だった。
「あなたが彼女の契約者ですか?」
響き渡る謎の声。私は咄嗟に振り返り、声のしたほうを確認する。
そこには一人の少女が立っていた。肩まである黒髪と黒い瞳、しかしその目には鋭さがあった。手には短剣を持って構えている、どう考えても一般の人間ではなかった。
「……!? 一体どうやって気づかれずに現れたの……!?」
「質問をしたのは私です。あなたがあのセレスティアの契約者なのですか?」
少女は底冷えするような声で尋ねてくる。反論せずただ自分の質問に答えればいいといった雰囲気だ。どうやら対話の余地はないらしい。
「……だったらなに? それで私が正直に答えたところでなにか意味があるかしら?」
ルーシェは務めて冷静に答えた。相手にこちらの怯えが悟られないようにするためだ。
「きちんと答えてもらわないと困るのだが。なにせ殺さなければならない相手かどうかが分からないからな」
黒髪の少女もまた動じることなくルーシェの質問に答えた。
「殺す……?」
「そうだ、あの女には死んでもらう。あの女は私の家族を殺した人間だ、その報いは受けてもらわなくてはならない」
黒髪の少女はそう言って短剣を構える。
「まあ、ある程度推測は立った。はっきりと答えてはいないが口ぶりからして今のあいつはお前と契約しているようだな。女神からの情報が正しいとしたらお前を殺せばあいつは勝手に消滅する。お前にはなんの恨みもないが……死んでもらうぞ」
やはりこちらと話し合いをする気はないのか黒髪の少女はルーシェに向かってくる。
「くっ……」
今は武器をなにも持ってきていない。最悪のタイミングで襲ってきた相手にルーシェは思わず舌打ちしてしまう。
だが相手はそんなことを気にしたりはしない。ルーシェの首目がけて目にも止まらぬ速さで短剣が振り下ろされ……。
(あれ? 私、相手の攻撃が見えるようになってる?)
おそらくこの少女もセレスのことを知っているなら彼女と同じ時代の人間なのだろう。昨日のルーマスを基準に考えるならルーシェに彼女の攻撃を捉えることは出来ないはずだ。
しかし今のルーシェには彼女の動きが見えている。
(……これなら!)
ルーシェは迫り来る凶刃を相手の手首を弾いて防いだ。
「!?」
黒髪の少女の顔が驚きに染まる。まさかこの時代の人間に自分の攻撃を防がれるとは思っていなかったのだろう。
(うまく出来た……相手の攻撃を防ぐことが出来るなら戦いようはある)
今の感触なら相手の攻撃を防ぎながら反撃することは十分可能だ。ならこの少女をここで倒してしまおう。
「……一体何者だ、お前は……」
黒髪の少女が動揺した声を上げる。おそらく確実に倒せると思っていた相手に思わぬ反撃を受けたことに動揺しているのだろう。
「いきなり相手に襲いかかってくるような人にそんなこと言われたくないわ」
不機嫌なのを隠そうともせず、ルーシェは魔力で身体強化を行い相手へと突撃する。昨日見たセレスには遠く及ばないけどルーシェもこれくらいのことは出来るのだ。
黒髪の少女はルーシェが繰り出した拳を交わし、カウンターで蹴りを放ってくる。ルーシェも負けじとその攻撃を受け止めて反撃する。
振るわれる短剣をかわしながら攻撃を繰り出すも相手もさるもの、そう簡単に当たったりはしない。
(でもやっぱりこの子は昨日のルーマスと同じような戦士じゃない)
ルーシェは戦いながら相手についての分析をする。戦いのやり方でルーシェを弱いと踏んで最初に狙いセレスが消えることを目的にしていたことを考えると昨日のルーマスのような戦士とはとても思えなかった。なんとなく暗殺者の部類だとルーシェは思ってしまった。
(だからかしら、動きが昨日のルーマスよりはついて行けているのは)
純粋に戦闘をすることを目的としていないためか、攻撃が見えていればルーマスより一撃をかわすのは難しくない。もちろんだからと言って油断はできない。
(こいつも女神が遣わした試練の相手ならルーマスが使用していた『天授』って特殊能力を使えるはず)
『天授』。女神が与えた人知を超えた力、『天授』を授かったルーマスは凄まじい再生能力を手に入れていた。だとしたらこの少女も『天授』を使えるはずなのだ。十分注意しないといけない。
「ちっ……!」
予想以上にルーシェが自分と闘えたせいか黒髪の少女が舌打ちをして距離をとった。そのまま二人はじっと睨みあう。
「……まさか契約者相手にここまで苦戦するとはな。想定以上だ」
「おあいにく様。私もそれなりに戦いの訓練は受けているから簡単にやられてあげないわ」
ルーシェの言葉を聞いた少女はにやりと笑う。
「そうか。ならばこちらも遠慮するのはやめようか」
少女の姿が言葉と共に消える。気配もまったく感じられない。
(まさかこれが彼女の『天授』!?)
「どうやらこの力を知っているようだな」
冷めた声が背中のほうから聞こえてきた。ルーシェは咄嗟に横に飛ぶ、先程まで彼女がいた場所には少女の短剣が繰り出されていた。
「ほうこれをかわすか、偶然かそれとも実力か」
攻撃をかわしたルーシェに黒髪の少女は感心したような呆れたような声を漏らす。
(ほとんど勘でかわしたようなもの。気配がまったくないなんてどういうこと……!)
彼女からは姿を見せるまでまったくと言っていいほど気配を感じなかった。これが彼女の『天授』だというなら大概の敵は暗殺出来てしまうだろう。
「だが次はないぞ。まぐれは続かない」
再び少女が『天授』を発動させ姿を消す。やはりどこにいるのか分からない。
「くっ……これじゃ反撃もできない!」
このままではこちらが一方的に追い込まれてしまう。ルーシェの顔に焦りの色が浮かんでいた。
「なにか手は……」
「対処法を考える暇なんて当たえると思うか?」
低い声が響き渡る。その場から咄嗟に動いたが短剣がルーシェの肌を切り裂いた。
「っ……!」
「よく対応するな。そのことには感心するがもうお前にはどうしようもない状況だろう?」
冷淡な声が現実を告げる。確かに相手の言うとおりだ、まったく気配を感じず、姿も見えない状態ではルーシェに勝機はない。
(今はとにかく動き回って逃げるしか出来ることがない……)
頭を切り替えて逃げることに専念することにしたルーシェは魔力で身体強化を行い、全力で走りだす。
「ほう、逃げて助けを求めることにでもしたのか。賢い判断だが……私が逃がすとでも?」
そんなことは当然ルーシェだってそう思っている。だが今の彼女には恐ろしい相手から逃げるしか手はなかった。
魔力で身体強化しながら一気に王都を駆け抜ける。目指すのはセレスのいる自分の家だ。そこまで逃げて彼女に助力を請うしか手はない。
ルーシェはひたすら道をかける。魔力で肉体の強化を行っているから息は上がっていない。無事に家に辿りつけるかが勝負だ。
「この時代の人間にしてはやるがそれでもまだまだだな」
横で声がしたかと思った次の瞬間にはルーシェの脇腹に蹴りが叩き込まれていた。防ぐこともできずまともに食らったルーシェは吹き飛ばされて地面を無様に転がった。
「かはっ……!」
強く叩きつけられたせいでまともに息ができない。呼吸を整えようとしていると隣に誰かが立つ気配。あの黒髪の少女だ。
「貴様はよく頑張った。だけどこれで終わりだ」
言葉と共に死をもたらす凶刃がルーシェに向かって振るわれる。もうこれまでかと観念したルーシェは目を瞑った。
「いや、まだ終わりじゃないよ」
「!?」
響き渡る涼やかな声。私と黒髪の少女が同時に驚いた表情を浮かべていた。
同時に黒髪の少女に強烈な蹴りが叩き込まれる。先程のルーシェと同じように今度は相手の少女が地面を転がっていった。
「ルーシェ! 大丈夫かい?」
心配そうな声でルーシェに声をかけてきたのはセレスだった。
「セレス!? どうしてここが分かったの?」
「君とは魔力を通じて繋がっているからね。その流れを追ってここまできたんだ。そうしたらこの状況だったからね」
セレスは私に向かってそう言うと吹き飛ばされた黒髪の少女がいるほうをじっと見つめる。その目は酷く冷ややかだった。
「セレスティア・エレメイン……!! 探したぞ!!」
黒髪の少女がセレスに対して敵愾心を剥き出しにする。ふーっ、ふーっと獣が唸るような声をあげて今にも斬りかかってきそうな雰囲気だ。
「アイラ、君か」
「ほう、覚えていたか。この顔を。それは光栄だな」
お互いに冷たい声で応酬する二人。やっぱり前世で因縁があったのだろう。
「ねえ、セレス。あの子はあなたと関係がある子なの?」
「ああ。あの子はアイラ・エルスタッド。……私が滅ぼした国の王女だった者だ」
「!?」
王女様が暗殺者ということにルーシェは驚く。しかもセレスが滅ぼした国のとは。
「君は次の女神の試練の相手なのかい。アイラ」
セレスはアイラに静かに問いかける。セレスに問いかけられたアイラはにやりと笑った。
「そうとも。ようやく貴様を殺す機会を得ることが出来た。このときをどれだけ待ち望んだことか。あの女神のおかげで貴様を殺す力と機会を得たのだから感謝しないとな」
あっさりと認めるアイラ。隠す気事態あまりなかったのだろう、彼女はセレスに怒りの籠もった視線をぶつける。
「セレスティア・エレメイン……お前だけは私がこの手で殺す。私の王国の民を悉くを殺し、私の大事な家族を奪ったお前を私は決して許さない。私はお前を殺し、失った王国と家族を取り戻すことを女神に願う!」
ぶつけられる圧倒的な殺意。セレスは臆することもなくその感情を真っ直ぐに受け止める。
「あいにくだけど君に今殺されてやるわけにはいかないんだ。私にも叶えたい願いがあるからね」
セレスはそう言って鞘から剣を抜いて構える。
「叶えたい願いだと? 笑わせる、人を殺しまくった殺戮者め。聞いたぞ、あの女神からお前の願いを。普通の人間として生きたいというのがお前の願いだそうだな」
アイラの放つ殺気がより大きくなる。彼女は歯ぎしりをしながら非難の言葉をセレスにぶつけた。
「お前のような人間に人並みの生活など与えてたまるか! お前にはむごたらしい死こそふさわしい! この私がそれを与える! お前の願いは絶対に阻止してみせる!」
アイラはそのまま地を蹴ってセレスの懐に潜りこむ。そのままセレスに目がけて短剣を突き出した。セレスはそれを体を捻ってかわす。
アイラはかわされたことを苦にせずそのまま短剣での攻撃を続ける。しかしセレスには当たらない。華麗な体捌きで彼女はすべての攻撃をかわしていた。
「どうしたの? 君の力ってこんなものなのかい?」
短剣を避けながら冷たい声音で言い放つセレス。アイラの攻撃は全く当たる気配がない。
「ちくしょう……! 忌々しいやつ!」
悪態をついてアイラはセレスから一旦距離をとった。
「やはり普通に攻撃していては駄目か。だったら……!」
声とともにアイラの姿がかき消える。
(まずい、これは……!)
ルーシェはアイラが『天授』を使用したことを悟る。彼女の『天授』は気配を感じることができなくなるため非常に厄介なものだ。魔力の探知にもひっかからないためどこから攻撃が来るかも分からない。
「へえ……これは」
セレスもなんとなくアイラの能力を把握したのか薄く笑う。怯えていると言うよりは感心しているようだった。
「やるね、アイラ。完全にどこにいるか分からない。これが君の『天授』?」
アイラは答えない。静かに機会を伺っているようだった。
「セレス! 彼女の『天授』は自分の気配を完全に消すものよ! どんな方法を使っても今の彼女を捉えることなんて不可能だわ!」
「その通りだ。いくらお前といえども今の私を捉えることは出来ない」
どこか笑っているような口調で語りかけてくるアイラ。だが依然として彼女がどこにいるかは分からない。
「さあ、今の私を捉えられるなら捉えてみろ!」
声が消えれば再びアイラの気配はなくなる。しかしセレスはこの状況に慌てた様子もなく落ちついた様子だった。
(なに? なにか策でもあるの?)
なおも余裕の態度を崩さないセレス。それどころか彼女は余裕の表情さえ見せている。
「それほど力に自身があるなら私を殺してみなよ、アイラ」
挑発するようにセレスはアイラに言葉を投げかける。
「言われなくともそうする!」
言葉と共にアイラがセレスの背後に現れる。そのままアイラは短剣をセレスに向かって突き出した。セレスはそれに反応出来ていない。
「セレス!」
ルーシェが叫び声をあげる、アイラがセレスに突き出した短剣はセレスの背中に深々と突き刺さっていた。
「……ああ!」
ルーシェが悲鳴をあげる一方でアイラは勝ち誇るように笑っていた。
「はは……ははははははははははははは! やったぞ! ついにセレスティアを殺した! やっと私の悲願が達成されたのだ!」
セレスを始末することが出来たためかアイラが笑いだす。
「くっくっく……! どうした、セレスティア・エレメイン。お前の力はこんなものか!」
「うるさいなあ」
勝ちを確信していたアイラにセレスが短剣を掴みながら答える。アイラも驚いて目を見開いていた。
「そんなに見たいなら望み通り君に私の力を見せてあげようか?」
セレスはアイラが突き刺した短剣を引き抜く。彼女の負った傷はすぐに塞がっていった。
「そ、それは……」
アイラが顔を引きつらせながらその光景を見る。
「正直この程度じゃ私は殺せないよ。ルーシェと契約する前の私なら正直こんな魔力による治癒なんてしたら消耗が激しくて消えたかも知れないだろうけど幸いなことに今は契約しているし、彼女の魔力は膨大だからね」
きっぱりと言ってのけるセレス。魔力による体の治癒はかなりの魔力を消耗するため、普通の人は扱えるものではない。それをセレスは意図も簡単にやってのけた。
(やっぱりセレスは凄い……)
ルーシェはセレスの多彩さに感嘆してしまう。やはり彼女は剣技だけでなく、魔力を操ることに関しても優れた力を持っているのだ。ただ少し自分の体が重いとルーシェは感じていた。セレスが魔力を使ったからだろうか。
「ねえ、アイラ、君はここからどうするの? まだなにか隠し玉みたいなものがあるの?」
セレスは淡々とアイラを問い詰めていく。そこに一切の慈悲はない。あるのは冷静に相手を見極めようとする意思だけだ。
「……くそ……!! やはり忌々しい奴だ、貴様は!」
アイラは悔しそうに吐き捨てる。しかし彼女からはまだ闘争心が感じられた。
「……貴様がこれくらいのことをしてくるのは想定済みだ。女神から授かった『天授』の力をもっと見せてやる!」
挑発するような態度のセレスにアイラは激昂し、さらに力を発動させる。
「えっ……?」
ルーシェは思わず声を漏らしていた。アイラが何人もいるように見えたからである。
「へえ……これは……幻影かい?」
一方のセレスは相変わらず淡々とした調子で言葉を紡ぐ。彼女の戦闘中の立ち振る舞いには本当に一切の無駄がない。相手との戦い以外は不要だと言わんばかりの態度だ。
「ふん、すぐに見抜くところは流石だな。そうとも、これが私の授かった『天授』のもう一つの力だ。さあ、どれが本物か当ててみろ!」
一斉にアイラ達がセレスに襲いかかる。しかし彼女はそれをものともしていない。軽い調子で相手の攻撃をいなして反撃を加え、次々と撃破している。
「……」
無言で振るわれるセレスの剣はやはり美しい。一切の無駄がなく、ただ敵を斬ることのみを追求した究極の技がそこにあった。
「やっぱりセレスは凄い……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまったルーシェ。彼女はじっとセレスが振るう剣を見つめている。まるで芸術を鑑賞するかのように。
(あれ……?)
前のルーマスとの戦いではルーシェはセレスの剣を捉えることさえ出来ていなかった。しかし今はかろうじてだが彼女の振るう剣の軌道が見えている。
(これって一体どういうこと?)
アイラと戦っている時にも感じていたがやはり自分の肉体が強化されている。セレスと契約したことで自分自身にもなにか変化が起きているのだろうか?なにかが自分にももたらされているのかもしれないとルーシェは思った。
「……でも今はこれを有り難く思おう」
気持ちを切り替えてルーシェはセレスとアイラの戦いを注視した。セレスはアイラが生み出した幻影をすべて斬り伏せたところだった。
「やっぱり本人はいないか……」
予想していたことのようにセレスは呟く。どうやらアイラには逃げられてしまったらしい。完全に攻撃が止んだことを確認するとセレスは剣を鞘に収めた。
「セレス!」
ルーシェは戦いを終えたセレスに駆け寄っていく。彼女に疲れた様子は微塵もない。先程アイラから受けた傷も見事に完治していた。
「セレス。あのアイラって名乗った暗殺者は……?」
「うん、すまない。どうやら逃げられたらしい」
アイラを取り逃したことを謝罪しながらセレスはルーシェのほうに歩いてくる。その様は優雅で隙がない。
「私は大丈夫だよ、それよりセレス、傷はどうなの? さっきあの女に刺されてたみたいだけど……?」
「ああ、あの短剣で刺された傷かい? なにも問題はないよ……って言えるのも君が契約して魔力の供給をしてくれたおかげなんだけどね」
セレスはルーシェを心配させないためかなんでもないことのように言った後、彼女のほうをじっと見た。
「それより君のほうこそ大丈夫かい、ルーシェ? 私が魔力を使い過ぎたせいで君が疲れていないかのほうが私は心配なんだけどな」
こちらを気遣ってくるセレスにルーシェは苦笑いしてしまう。無機質に戦っているように見えてちゃんと周りのことを見ているのだ。
「私は大丈夫、それよりもアイラが逃げたのなら探さなくていいの?」
ルーシェは話題を切り替えてアイラについて尋ねてみる。先程の口振りからして彼女はセレスに滅ぼされた国のお姫様のようだったのでこのまま放っておいたらまた襲ってくるのではないかとルーシェは思ったのだ。
「平気さ。いくら『天授』を手に入れたとしてもあの程度の強さなら話にならない。襲ってきたとしてもまた追い払えばいいよ。面倒な能力ではあるけどあれならルーマスのほうが面倒だった。」
なんのためらいもなく、セレスはルーシェに言い放つ。その言葉は確信に満ちていた。
「そんなことより早く家に戻ろう。君は彼女から攻撃を受けたんだからゆっくり休まないと、ほら早く」
「わっ……」
セレスはそう言うとルーシェをお姫様抱っこして道を歩きだす。
「は、離して!! 自分で歩けるから!! こんな格好恥ずかしい!」
「おとなしくしていて欲しいな。今の君は傷を負っているのだから」
セレスは非難するような目線でじっとルーシェを見つめた。もう動かないでくれということらしい。こうなったらセレスは言うことを聞かないだろうと思い、観念したルーシェは彼女にお姫様抱っこをされたまま、家へと戻った。
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