第7話

お菓子を食べた後も二人で王都を巡って主要な場所はセレスに紹介した。彼女はとても満足したようだった。今、セレスはルーシェの目の前を機嫌よく歩いている。


「ふふ、いや楽しかったな。今日は私に付き合ってくれてありがとう、とてもいい思い出になった」


「感謝はいいわ、とても楽しかったみたいでよかった」


「うん、自分が築き上げたものがこんな形で残っているのを見ることが出来たのは本当によかった。私は今回の人生は普通の人間として生きて行きたいと思っているけど前の人生が無駄でないことが確認出来たのは大きな収穫だよ」


 感慨深げに話すセレス。今の彼女の願いとは別とはいえ自分の作り上げた帝国の現状に思い入れはあるようだ。


「満足してもらえたなら家に戻ってこれからのことについて話したい。いつまた女神の刺客が襲ってくるか分からないから」


 ルーシェの言葉にセレスも頷く。どうやら彼女も考えていることは同じらしい。


「うん、そうだね。女神の刺客に対する対策を考えないと。一旦君の家に戻ろうか」



 ルーシェの家に戻ってきた二人は今日のことについて楽しく話した後に、これからのことについて話し合っていた。


「さてこれからのことだけど」


「私がセレスに聞きたいのはあの女神の刺客っていうのはどんな基準で人が選ばれているとか分かるのかしら? それがもし分かっているならどんな人間が出てくるかも予想がしやすいのだけれど」


 セレスから話を聞いたルーシェはそれが気になっていた。昨日戦ったルーマスもセレスとは知り合いのようだったし、彼女となんらかの関係がある人間が選ばれているのだろうかと思ったのだ。


「その可能性は十分にあるね。女神は人に試練を与えるのが好きだから試練の対象になった人間と関わっている人間を戦いの相手に当てることはあるかもしれない」


 セレスはルーシェの質問に答える。やっぱり試練を受けている人間と関わりがあった人間を選んでいるみたいだ。


「昨日のルーマスってやつもやっぱり前回の人生でルーシェと関わりがあったの?」


「ああ、そうだな。あの男は私に勝とうと戦いを挑んできた人間の一人だ。常に戦いに飢えているような奴でね、好戦的過ぎる性格もあって戦乱の世でも輪を乱す存在として嫌われていたよ」


 セレスが生きていた戦乱の時代でも厄介者扱いされていたのなら相当問題のあった人物なのだろう。セレスが昨日ルーマスを倒してくれてよかったとルーシェは思った。


「まあそんなやつに私は戦場で出会ってしまってね。あいつは私の強さを気に入ったのかは分からないけどそれからしつこく私を追いかけて戦いを挑むようになっていった。最後は結局私が殺したけど」


「そうだったんだ……」


 なんというか凄まじい執念だ。彼の強者と戦いたいと思う気持ちは共感出来なくもないけど。


「まあそう考えると嫌がらせのような人選だな。やっぱり女神はこうやって私が試練を受けているのを楽しんでいるのさ」


 肩をすくめるセレス、彼女の話を聞いていると女神とやらはやはり碌でもないものだなとルーシェは思った。


「ねえ、あの男以外にも後2人倒さないといけないのよね? それならその2人が使う『天授』の力って女神から教えられたりとかはない?」


 ルーマスも使っていたあの力。あれはルーマスのようなセレスと戦う者にのみ使えてセレス自身は使えないらしい。出来れば知っている範囲であの力についての情報が欲しい、あの力に対してなんの手立てもないのはいささか心許ない気がした。


「ないよ。あの女神がわざわざ私にそんな大事な情報を与えるわけがない」


 淡い期待をルーシェは抱いたがセレスによってあっさり砕かれる。それもそうかとルーシェはひとまず気をとりなおすことにした。


「そうなってくると相手に対して対策を立てようと思ってもそれが難しくなってくるわ……」


「まあ、最初に遭遇した時に相手の情報がないと戦いが厳しいのは確かだね。情報不足であればあるほどこちらが不利になるし」


 なんというかこちらが明らかに手玉に取られているような状況で戦わなければならないことにルーシェは腹が立った。


「……酷い話ね。こちらにはなにも情報がないのにあんなとんでもない能力を持った相手と戦えなんてどうかしているわ」


「それはその通りなんだけどね。実際の戦争ではよくあることだよ」


 そんなルーシェとは対照的にセレスは落ち着き払っている。大して女神から突きつけられた自分が不利な状況に動じていないようだった。


「数百年前の時代じゃこんなことは当たり前なの?」


「うん。今のこの時代と違って数百年前は国が乱立していて帝国に対する脅威もたくさんあったからね。不利な状態での戦いも日常茶飯事だったよ。暗殺されかけたことも何度もあったしね」


「うわ……」


 やっぱり今の時代とは感覚が違う。セレスにとってはこういう状況は当たり前なのだろう。


「まあ安心して。多分こちらが探しに行かなくても相手のほうからやってくるようになると思うよ」


「なんで?」


「ルーマスの言っていたことを想い出して。私を倒せば自分の願いを叶えてやると女神に言われたと言っていたでしょう?」


「ああ」


 そう言えばあの男はそんなことを言っていたとルーシェも思いだした。セレスを倒せば自分の望む闘争に溢れた世を作るという願いを叶えることが出来ると。


「ということは遅かれ早かれ試練の相手は自分の願いを叶えるためにセレスを殺しにやってくるってこと?」


「そういうこと。だからこっちからなにかをする必要はないと思う。相手が勝手に私を探して殺そうとしてくるからね。手間は省ける」


 確かに合理的なのだが自分を囮にして敵をおびき出すという行為を自分で提案出来てしまうセレスの神経をルーシェは凄いと思ってしまった。


「だから私達がすべきことはしいていうなら相手を迎え討つ用意だね。君も自分の身を守ることはしないといけなくなる」


「それくらいは自分で出来るわ」


 セレスの言葉にルーシェはむっとして言葉を返す。ルーシェだって騎士として働いているのだ。自分の身を守ることくらいが出来なくては恥もいいところだ。


「ふふ、心配はいらなかったみたいだね。それじゃ話はこれくらいにしよう。話し込んでいたら日がもう落ちてしまったみたいだ」


 窓の外を見ると日が落ちて夜の帳が下り始めていた。もうこんな時間になっていたのかとルーシェも驚く。


「本当ね。それじゃ夕食を作りましょうか?」


「おお……!!」


 セレスが目をきらきらと輝かせている。


「今朝君が作ってくれた食事もとてもおいしかったからな。夕食も楽しみだ」

 ここまで楽しみされると手を抜くわけにはいかないなとルーシェは思いながら夕食の調理を始めた。

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