第5話
ルーマスを退けた後、ルーシェはセレスとゆっくりと話すために自分が住んでいる部屋にセレスを連れていった。
返り血を浴びているセレスが誰かに見つかってしまわないかとはらはらしたが幸運にも誰にも見つからず部屋までたどり着けた。時間帯が夜でよかったとルーシェは胸を撫で下ろした。
「どうぞ、サイズは合わないかもしれないけれど私の服を貸します」
とりあえず血まみれの服を着させたままには出来ないのでルーシェは自分の服を着替えとしてセレスに渡す。
「ありがとう、助かったよ」
セレスはお礼をいって素早く着替えを済ませた。サイズはそんなに離れていなかったようだ。
「気にしないでください。椅子はそこにありますのでそこに座ってくださいね」
セレスに椅子に座るように促して自分ももう一つあった椅子に腰掛ける。
「さてこれでゆっくりセレスさんと話す機会が出来ましたね」
少し怒りを滲ませながらルーシェはセレスに問いかける。いきなり訳も分からず頭のおかしなやつに襲われてルーシェも腹が立っていたからその気持ちが出てしまっていた。
「まずはあなたがどんな人間でどんな状況にあるのかを確認しても?」
「ああ、構わないよ」
きつめに問いかけてくるルーシェにセレスは涼しい顔をして答える。こういう状況には慣れているのだろうか。
「あなたはこの帝国を築きあげた初代皇帝、セレスティア・エレメイン。女神の力とやらで今の世の中に生き返り、ある試練をこなさないいといけなくなった。あなたが置かれている状況はこれで間違いないですね?」
「そうだね」
「まずその女神の試練っていうのについて聞きたいです」
「女神の試練っていうのはね、内容自体はシンプルなんだよ。私に対して3人の相手が襲ってくるからそいつらを倒せというものでね。先程、僕らを襲ったルーマスという男はその刺客の一人さ」
「ああ、なるほど」
ようは先程の戦いもセレスに課せられた試練の一つだったということか。
「でも女神様っていうのはどうしてセレスさんにそんな試練を課そうと思ったんですか?」
「女神曰く面白いと思ったかららしい」
「なんですか、それ……」
あまりの回答にルーシェは言葉を失ってしまう。女神ともあろうものの判断がそんなことでいいのだろうか。
「ようは彼女の気まぐれというやつさ」
セレスは私の言葉に肩をすくめる。どうやら彼女から見ても女神とやらはかなりいい加減に見えているらしい。
「まあとにかくそんな形で私はこの世に蘇って自分の願いを叶える機会を得たということだ。だからこれから後2人とまた戦わないといけない」
「……で戦いの後に言っていた私に協力してもらうって話になってくるんですか?」
「そうだね。まず今の私は女神によって生き返った身だからいろいろと制約があってね。その一つが現世の人間と契約を結ばないとすぐに消えてしまうことなんだ。これも女神が試練を厳しくするために作った制限の一環なのだろうけどね。どうにも彼女は人があがく様を見るのが好きなようだ」
失礼かもしれないけれど間違いなく性格悪いな、その女神とルーシェは思ってしまった。
「さっきのルーマスって男の戦いで私に協力して欲しいって言ってましたけどその内容についてもっと詳しく教えてください」
ルーシェの言葉を聞いたセレスは申し訳なさそうに顔を伏せる。
「その点に関しては本当にすまないと思っている。どうも私は女神の試練を乗り越えるまでは霊体のような存在らしくてね。さっき説明したように今生きている人間と契約しないと消えてしまう状態は私が願いを叶えるまで続くらしい。ルーマスとの戦闘で君も感じていたと思うけど契約者がいなければ私の魔力が枯渇していって徐々に力が失われていくんだよ」
だからあのルーマスとの戦闘の時にだんだん動きが鈍ってきていたのか。だんだんセレスが弱くなっていった理由がこれで分かった。
「だから私に契約して欲しいと言ってきたの? 現世に姿を留めるための魔力を供給してもらう相手として」
「ああ。君しかあの場にいなかったからな、巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っているよ」
セレスは頭を下げた。事情を聞いた今は別に彼女は悪くないからそこまでしなくてもいいのにとルーシェは思ってしまう。
「頭をあげてください。別にセレスさんが悪い訳ではないでしょう、これを仕組んだのは女神様なんだから。こうやって巻き込まれた以上、私もあなたが巻き込まれた試練から逃げることは出来ないんでしょう?」
「……そうだね、私が君と契約してしまった以上試練の相手も君を狙ってくるだろう。だから私は君を全力で守る、幸い君の魔力の量が多かったおかげか戦うのには不便がなさそうだからね」
「……守ってもらわなくても自分で自分の身は守れますから」
ルーシェは少しむっとしてセレスに言い返す、彼女は仮にも騎士なのだ、自分の身くらいは自分で守れる。……確かにさっきの戦いではあまり役には立てなかったが。
「そうか。ただ女神の試練として選ばれたあいつらは普通の人間に倒すは厳しい。女神から授かった厄介な能力を持っているからね」
「あの無限に再生する体みたいな特殊能力ですか?」
「そのとおり。女神はあれを『天授』と呼んでいる。先ほど戦ったルーマスの場合は無限に再生する肉体だったけど他の人間がどんな力を持っているかは分からない」
「セレスさんはその『天授』の力を使えないんですか?」
「残念ながら私にはあの力を扱うことは出来ないよ。『天授』は私を倒すために女神が私の試練の相手に授けた力だからね。試練を受ける私には扱うことは出来ない」
あの天授があるかないかは戦いで大きな差が出るのではないか。セレスの相手だけが使えるというのは公平さに欠けているのではとルーシェは思った。
「あの女神はこれくらいしないと私を倒すのには足りないと思っているらしい。まあどんなことがあっても私は向かってくる敵を倒して自分の願いを叶えるだけさ」
セレスは自分の置かれた不利な状況を不利とも思っていないようだった。それほど彼女の願いを叶えるという意思は強いらしい。
「セレスさんがそうまでして叶えたい願いってどんな願いなんですか?」
ルーシェは一番気になっていたことをセレスに尋ねる。
「うーん、それはここで話すのは気恥ずかしいんだけどな」
セレスは恥ずかしそうに頬を掻く。こうして接していると史書に残っているような大英雄ではなくて普通の少女のようだった。
「その前に聞かせて欲しいことが私にもあるんだ。その……この時代では私はどんなふうに語られているんだい? 私が生きていた時代から数百年は経過しているみたいだけど」
少し怯えたような様子でセレスはルーシェに尋ねてきた。
「……あなたはこの帝国に住んでいる皆が憧れるような大英雄ですよ。この帝国で知らないものなんていません」
セレスティア・エレメインは帝国の歴史を習ったら絶対に外せない人間なのだ。帝国が出来る前の世界は様々な国が存在して争いが絶えない世界だった。それを統一して一つの帝国に纏め上げたのが彼女――セレスティア・エレメイン。帝国が誕生させ、さらにその覇権を確立して国内をまとめあげていったのは彼女の功績だ。初めて大陸を統一し、その後帝国の長きに渡る統治の基礎を作りあげたという点で帝国の歴代皇帝の中でも特に重要な人物だ。
そんな人間が自分の目の前にいるというのが未だに実感が湧かないけれど。
ルーシェがセレスに対して彼女がどんなふうに今の時代で語り継がれているかを聞かせると彼女は黙り込んでしまった。
「セレスさん?」
「ん? ああ、済まない。自分の評価がそんなふうになっているとは思っていなくてね。いささか過大評価だなと思って」
やはり恥ずかしそうだ。自分が絶賛されているのを聞くのはどんな人間でも恥ずかしいものらしい。
「過大評価とは思いません。というよりあなたが成し遂げたことに誰も敵わないと思います」
ルーシェはきっぱりと言いきる。帝国の長い治世の中で統治も戦いも優れていた者は他にいないのだから大英雄という評価は間違っていない。
それにルーシェも見たあの戦闘能力。
史書にも彼女はあらゆる武器を使いこなし、魔力の扱いにも長けており武勇に優れていたと記載があったけれど実際に見た感想としては強いなんてものじゃない。誰も及ばない絶対的な存在として契約をした後の彼女はあの時君臨していた。
「そ、そうかな? うん、でも褒めてくれるのは嬉しいよ」
ルーシェの強い口調にセレスは少し面食らった様子だった。凄い力を持っている当人はあまりそういったことに自覚がないとはこういうことらしいとルーシェは思った。
「私が聞きたいことを聞いたから次は私が質問に答える番かな」
セレスはルーシェのほうをじっと見て居住まいを正す。こうして正面から見ると彼女の容姿は本当に美しいとルーシェは改めて思った。
「私はね、普通の人生を過ごしてみたいんだ」
「普通の人生?」
「ああ、ごめん。言葉が足りなかったね。その……今、君が言った通り僕は前回の人生を皇帝として過ごした」
そうだ、彼女は歴史に名を残した大英雄であり、皇帝だ。セレスティア・エレメインは今も歴史上の人物であることは変わりがない。
「だからかな、その……恥ずかしいんだけど……一度人生を普通の女の子として過ごしてみたいんだよ」
そう語るセレスの頬は赤く染まっている。普段涼しい顔をしているせいか彼女のその表情は新鮮に映った。
「結婚とかもしたけどね、恋愛感情みたいなものはなかったんだ。政略結婚的なものだったしね。だから普通の生活をしてみたい、普通の女の子がするように誰かを自然に好きになって付き合ったりする日々を過ごしてみたいんだ」
セレスの瞳には強い意志が宿っている。そこにはこの願いを絶対に叶えるという不屈の意志が見てとれた。
「一応これが私の願いというやつさ。う~ん、やっぱり口にすると恥ずかしいな、君は巻き込まれた側だからこんなこと聞かされても困るだろうし」
眉根を寄せて申し訳なさそうにするセレスはちょっと可愛かった。
「いえ、迷惑ではないです。巻き込まれたならあなたと一緒に居たほうが安全ではありそうなので」
セレスの言うことが本当なら私がいないと彼女は消えてしまう、なら試練の相手はセレスより弱い私を狙い、セレスが消えることを狙うだろうとルーシェは思った。それなら彼女と一緒にいたほうが安全だ。
「……君は随分すんなりと今の境遇を受け入れるんだね」
「これでも騎士なので。突発的な事態には慣れていますから」
淡々と答えるルーシェにセレスは少し悲しそうな顔をしたがやがて気を取り直したのかいつもの冷静な表情に戻っていた。
「なら私と君はこれから運命共同体のようなものだ。よろしく頼むよ、ルーシェさん」
「さんはいらないです、ルーシェでいいですよ」
「ならそう呼ばせてもらおう、ああ、私のこともセレスと呼んでくれ。会話でも敬語は不要だ」
にこやかな笑顔でルーシェに笑いかけるセレス。
「まあ今日はもうこんな時間だしこれからどうするかは寝てから考えよう。君も疲れただろうから」
セレスの言う通りだった。ここ数時間に起きた出来事のせいでルーシェはかなり疲弊していた。あんなとんでもない戦いに巻き込まれたから当然なのだが。
「そうですね、確かにかなり疲れました。今日はもう寝ましょう、え~と、しまった、セレスさんの寝るベッドがない……」
ルーシェは基本一人で生活しており誰かをこの家に呼ぶこともなかったので他の人が寝るための道具などを用意していなかった。
「ああ、私は床で適当に寝るから大丈夫だよ。それじゃお休み」
ルーシェがセレスの寝床をどうしようかと考えていることも気にせず、彼女は床に横になって目を瞑った。
「ちょっ……!!」
慌てて止めようとするがもうおそかった。セレスから規則正しい寝息がもう聞こえてきたのである。
「……よくこんなに早く寝れるなあ」
もう寝てしまったセレスの綺麗な寝顔を見ているととてもこの帝国を作り上げた初代皇帝には見えない。どこにでもいる普通の少女だ。
ルーシェは仕方なく自分の使っている毛布をセレスに被せ、自分は騎士として働いている時に使用しているマントを羽織ってベッドに横になった。多少なりとも暖はとれるだろう。
「凄かったなあ……」
ルーシェは先程のセレスとルーマスの戦いを思い返しながら、呟いた。あの戦いが脳裏に焼き付いて離れない。
「あれが……歴史に名を刻んだ大英雄の戦いか……」
セレスは帝国を築き上げた功績だけでなくその武勇でも歴史に名を轟かせている。彼女自身も滅法強かったのだ。
実際にあの戦いを見ていて今の自分では敵わないだろうということはすぐに分かった。だけどそれでもルーシェはあの強さに惹かれていた。今もあの戦いを思い出すだけで気分が高揚する。
(……超えてみたい、あの強さを。今は無理でもいつか……)
セレスの試練に協力すれば自分自身も強くなれるのではないかという気持ちがルーシェにはあった。しかし今の自分ではまず勝てないことも分かっている。
「試練の中で……私も成長出来たら……勝つことができるのかな……」
瞼を閉じると一気に疲れが襲ってきた、緊張の糸が切れたのだろう。ルーシェの意識は遠ざかっていった。
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