第3話
「ねえ、ルーシェさんはどんなことをしている人なの?」
歩いているとセレスがそんなことを尋ねてくる。その宝石のような青い瞳がじっとルーシェを見ていた。
「どんなことって言われても……一応、騎士として帝国に仕えていますけど」
「騎士? ふうん」
ルーシェの回答にセレスは少し興味を示したようだった。
「騎士ってどんなことをしているの?」
「仕事ですか? うーん、主に魔物の討伐とか皇族の方の護衛ですね」
「戦争で戦ったりすることはないの?」
「戦争なんて帝国が大陸を統一してから起きていませんよ。だから騎士の主な仕事は治安の維持ですね。魔物は今でも湧いてきますから」
ルーシェの回答を聞いてセレスは目を見開いていた。
「戦争が……起きていない?」
「はい。……そんなに驚くことですか?」
やはりセレスの様子はおかしいとルーシェは思う。なんというか同じ時代の人間と思えないような反応をするのだ。帝国が大陸を統一してから戦争が起きていないのは歴史の基礎教養の一つだから知らないということは普通あり得ないことだ。
「ああ、ごめんね。そうか……この時代ではもう戦争は起きていないんだね……よかった」
ルーシェの言葉を聞いたセレスは噛みしめるように呟く、その顔には安堵の表情が浮かび、口元が緩んでいる。あまり表情が変わらなかったセレスが初めて笑った。
(この時代?)
セレスのおかしな言い回しが気になったルーシェだがその思考はな誰かが声をかけてきたことによって遮られる。
「見つけたぜえ、セレスティア」
「「!?」」
ルーシェとセレスは同時に声のしたほうを振り向く。
そこには一人の壮年の男性が立っていた。筋骨隆々でたくましい肉体を持ち、大きな剣を肩に担いでいる。
(なに、こいつ……! こんな殺気を放つやつがいるなんて!)
ルーシェは背筋に悪寒を感じていた。今までに感じたことのない殺気に足が震えている。普通の人間ではないことが嫌でも分かった。
「ああ、君か、ルーマス。私の最初の障害となる相手は」
隣から響く冷たい声、それはセレスのものだった。ルーシェはセレスのほうを見る、彼女の目の前の男を見る視線は酷く冷めたものだった。
「なんだい、君もあの女神にいい取引でも持ちかけられたのかい? わざわざ生き返ってくるなんてさ」
「それはお互い様だろ。聞いたぜ、お前が女神になにを願ったのか。思わず笑っちまったがな」
「……」
セレスは男の挑発的な言葉を聞いても必要以上に相手をしない、ルーシェは今だに状況が飲み込めていなかった。
「まあいい。お前をきちんと殺せるなら十分だ、俺は今度こそお前を超えてやる」
男が剣を構え、地を蹴ってこちらに突撃して来た。
「ごめん、ルーシェさん、ちょっと下がってて。あと君の剣を借りるよ」
「えっ」
セレスが私の肩を掴んで下がらせる。そのままルーシェの腰の鞘から剣を抜き、構える。直後、轟音が響き渡った。男が振り下ろした剣をセレスがルーシェから借りた剣で受け止めたのだ。
「ははっ! そうこなくっちゃなあ! これくらいの攻撃を受け止められないのなら話にならない! どんどんいくぜ!」
男が楽しそうに笑いながら再び大剣を振るう、セレスはその攻撃をかわして相手の男の顔に蹴りを叩き込んだ。
巨体の男がそれだけで思い切り吹き飛んでいく。あまりのことにルーシェは唖然とするしかなかった。
(一体今の間になにが起きたの!? まったく目で追えなかった……)
ルーシェは今のこの一連の動きでなにが起きていたかまったく見えなかった。ただ分かるのはこの二人が自分の常識を遙かに超えた存在だということだ。
「ほら、早く立ちなよ。君がそれで終わるわけがないだろう」
あんな一撃を叩き込んだのにセレスはまだ相手を倒したと思っていなかった。男が吹き飛んでいった方向を油断なく見つめている。
「くっくっく、いや今の蹴りは効いたぜ。さすがはセレスティア・エレメインだ。並ぶことのできぬ至高の存在とはこのことだな」
「えっ……」
ルーシェの顔に驚きの色が浮かぶ。だって今あの男が言った名は――。
「帝国初代皇帝と同じ名前……!?」
セレスティア・エレメイン、この帝国で知らない者はいない名だ。帝国がこの大陸の一国家に過ぎなかった時代に圧倒的な武をもって大陸制覇を成し遂げた大英雄。皇帝として帝国の基盤を築きあげた功績はもちろんのこと戦場でも数々の武勲を打ち立てた凄まじい人物だ。
でもそれが本当ならとっくの昔に亡くなっているはず、なんであの男はセレスのことをそんなふうに呼んだのか。ルーシェの頭は混乱してしまっていたが当の二人は戦いをやめそうになかった。
「君は本当に懲りないな、生まれ変わっても戦いに明け暮れるつもりなのか、ルーマス。今の時代に戦争はないというのに」
「当たり前だ」
呆れたように発せられたセレスの問いにルーマスは当然だと言わんばかりに答える。
「闘争こそが俺の快楽だ、この時代に戦いがないなら俺がもたらすだけさ。お前を倒した後、俺は願いとしてあの女神に強者と戦い続けられるような世界を作るように頼みこむ予定だぜ」
にやにやと笑いながら答えるルーマスという男。その男の答えを聞いたセレスの表情は――
「ひっ……!?」
ルーシェは思わずセレスから離れてしまう。それほど彼女の放つ殺気が凄まじかったのだ。ルーマスに向ける視線にルーシェは軽蔑の色を隠そうともしていない。
「ルーマス、君はここで私が倒す」
言葉と共にルーシェの視界からセレスの姿が消える。ルーシェがセレスの姿を捉えることが出来たのは彼女がルーマスの目の前に現れた時だった。
(一瞬であそこまで……! まったく見えなかった)
ルーシェにはセレスがあの地点に瞬間移動して現れたようにしか見えなかった。セレスはそのままルーマスと交戦を始める。
(凄い……私にはなにが起きているかまったく見えない……!)
互いに剣を振るい、相手を殺そうと必殺の一撃を繰り出し続ける。その空間に近づくことさえ許されない、ルーシェはその凄まじい戦いを見守ることしかできなかった。
「はははははははははははは! もっと! もっとだ!」
ルーマスの哄笑が響き渡る。大剣を振り回してセレスを追い立てていく彼の表情は心の底から楽しそうだった。
「やはり貴様だ、貴様との闘争が俺の心を満たす!」
そんな彼をセレスはゴミを見るような目付きで見ている。ルーマスの言葉を不快に思っているのは明白だ。
「本当に君は愚かだな、こんなに安定した時代でもそんなふうに闘争を求めるなんて」
「こういう時代だからだろう? つまらんのだ、平穏というものは、俺はこの戦いのように心躍る闘争をずっと続けていたい。貴様を倒し俺はこの願いを女神に叶えてもらう!」
「くだらない願いだ。そんな願いを叶えさせる訳にはいかない。なにより私にも願いがあるしね」
セレスは振るわれる大剣を軽くかわしていく。かわしながら反撃を行っているがルーマスも彼女の攻撃をすべて防いでいた。
「厄介だね、腕だけはいいんだから。中身は腐っているけど」
一旦距離を取ろうと後方へ飛ぶがルーマスはすぐに追い付いてくる。横薙ぎに払われた大剣をセレスはあっさりと剣で受け止めた。
「ははは! これも受け止めるか! そんな不安定な体勢でよくそんなことが出来るな!」
「うるさい」
セレスの周りに炎が巻き起こる。それに気づいたルーマスはセレスから距離をとった。
「はは、久しぶりに見たぜ、お前のその魔力操作。相変わらず桁が違う」
(あれが魔力操作で引き起こしたものって……嘘でしょ……)
ルーマスの言葉にルーシェは絶句する。
魔力、それはこの世界の人間が大なり小なり持っているものだ。魔力を扱って火をおこしたり肉体の強化をすることが出来るため、皆その魔力を生活の助けにしたりしている。
魔力は魔物との戦闘にも役立つため、魔力の扱いがうまいものは騎士団に入ったりするのだ。ルーシェもその一人である。
が、今セレスが魔力操作によって生み出した炎はそんな次元ではなかった。まるで相手を飲み込む津波のような炎が彼女を中心に発生している。あれほどの炎を生み出せる人間をルーシェは見たことがなかった。
「くく、やはりとんでもないなあ」
ルーマスはセレスが生み出した炎を見て笑っている。
「お前はやっぱり化け物だ。そしてそんな化物とやりあえて俺はとても気分が良い」
「無駄口を叩く暇は与えない、これ以上君と会話することはないよ」
ルーマスとの会話を拒絶し、セレスは一気に彼に向かって加速する。
「はっはっあ!」
迎え打つルーマス、大剣を振り上げ、セレス目がけて振り下ろす。彼女はそれをかわしてルーマスの首目がけて凄まじい速度の突きを繰り出した。
「っと、危ねえ」
ルーマスはそれをかわし、反撃のため再び大剣を振るう。が、セレスには当たらない。彼女の動きが速すぎるのだ。
「単調な動きだね、もう終わらせよう」
セレスはルーマスから距離をとると氷の槍を形成、それを彼に向かって射出する。ルーマスは大剣を振るい、それをすべて叩き落とすが。
「もらった、これでおしまい」
「!?」
ルーマスが氷の槍へ対処している間に懐に潜りこんだセレスはそのまま彼に向かって突きを繰り出す。彼の喉にセレスの剣が突き刺さり、血が噴き出した。
「があ……」
うめき声をあげて崩れ落ちるルーマス。セレスは首に突き刺さった剣を抜いて止めをさそうとしていた。
「くくく……ははは……」
「……!?」
今まで余裕を保っていたセレスが始めて動揺を見せる。
「なんだあ、これで俺を殺したと思ったか?」
セレスが持っている剣をルーマスが掴んでいた。さらに彼はそのまま何事もなかったかのように立ち上がる。その顔には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
(な、なにあれ……!? なんで首に剣を刺されて死んでないの、あの男!?)
あまりに異様な光景にルーシェは悲鳴を上げそうになる。目の前で繰り広げられている光景は異常だった。
「くっくっく、まあそういう反応になるのも無理はないわな。普通は首をこんな風に剣で突き刺されば死ぬのが人間だしな」
ルーマスはにやにや笑いながら剣を握っていないほうの腕でセレスを殴りつけた。動揺していた彼女はまともにその攻撃をくらい吹き飛んでしまう。
「はっはっ! いいなあ、この力! すげえ気に入ったぜ!」
セレスを殴り飛ばしたほうの腕の手を開いたり閉じたりしながらルーマスは感動したような声をあげる。セレスの剣が刺さった首の傷は瞬く間に塞がっていった。
「この力があればお前を倒すことも夢じゃない。そして俺自身が願いを叶えた後も永遠に強者と戦い続けられる!」
「……それが君が女神から授かった力なのかい?」
セレスの問いかけにルーマスはにやりと不敵に笑いながら答える。どうやらセレスが動揺したことが余程嬉しかったらしい。
「ご名答。俺が女神から授かったのはこの不死身の肉体だ。今のように致命的な一撃を受けても瞬時に再生し、元通りとなる」
勝ち誇りながらルーマスはセレスに突撃、大剣を振りおろす。セレスはそれをかわし、ルーマスの顔を蹴り上げて魔力操作で生み出した氷の刃で串刺しにした。普通の人間ならこれで確実に死んでいるだろう。
だが、
「こんな攻撃をしても無駄なのがまだ分かんねえのか」
ルーマスが吐き捨てるように言う。彼は氷の刃が体に突き刺さった状態でセレスのほうへ突撃を開始した。
振るわれる大剣をかわすセレス。その間にも魔力操作で様々な攻撃を叩き込んでいくがルーマスは意に介さない。凄まじい早さで攻撃を繰り出しセレスを追い詰めていく。
(あれ?)
二人の戦いを見つめていたルーシェはやっと目が慣れてきたのか少し動きを追えるようになっていた。
「もしかしてセレスが押されている……?」
ルーマスの攻撃に対処は出来ているもののセレスの動きがだんだんと鈍ってきているように見えたのだ。
このままだとルーマスに押し切られてしまいそうだった。
「ははははははははは! だんだん息が上がってきたようだなあ!」
「……っ!」
初めて戦いの中でセレスの顔に焦りの表情が浮かんだ。
「やはりお前は生前と違って今は全力が出せないようだな。女神の言っていた通りだ!」
「……君のその力、女神が言っていた『天授』とかいう特殊能力かい?」
「ご名答! 貴様の試練の相手として相応しいように女神は俺に力を与えた。それがこの不死身の肉体だ! ほとんどの損傷はすべて再生することが出来る、俺の肉体をすべて消し飛ばしでもしないかぎり殺すことは不可能だ。そしてお前はこの時代で契約者がいないとどんどん力が衰えていくんだろ?」
「……」
セレスははっきりと答えなかったものの黙り込んだところを見るにルーマスの言っていることは本当のようだった。そうだとすると戦いが長引くほど彼女に不利になる。
「はは、その反応を見るに図星ってやつか。まあ、いい。このままお前を殺せば俺の願いは叶うからな、さっさと終わらせてやる!」
ルーマスはセレスが弱って来ているのをいいことに攻めを加速させる。セレスはルーマスの攻撃を必死に凌いでいるもののどんどん動きが悪くなっていった。
「ははは! まさか天下のセレスティア・エレメインがこんなに弱いとはな! そら!」
振り下ろされた大剣をセレスはかわす。反撃して拳を叩き込むがルーマスにはまったく効いていない。
「ははは! 魔力による身体強化も限界か! そら!」
「!?」
ルーマスの蹴りがセレスの脇腹を直撃する。まともに蹴りを食らったセレスは地面を跳ねてルーシェの側まで飛んできた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
慌ててセレスに駆け寄るルーシェ、セレスは痛みに顔をしかめながらも立ち上がる。
「うん、なんとかね」
なんとかねとは言っているが明らかにまずい状態だ。セレスの吐く息は荒く、このままルーマスと戦っても追い込まれていくのは目に見えていた。
「ね、ねえ、逃げよう。あんな化け物に勝つなんて無理だよ」
ルーシェは怯えながらセレスに逃げるように促す。あの男自体が強いのにどんな攻撃も再生して死なないなどというとんでもない力まで持っているのであれば倒しようがないではないか。そんな相手にとれる手段は逃げることだけだ。
ルーシェの言葉を効いたセレスははっきりと首を振る。
「いや、ここで私が逃げたらより多くの人が酷い目に遭うことになる、引くことは出来ないよ」
「そんなことを言っている場合!? 相手はどんな攻撃を叩き込まれても死なないような人間なのよ!? どうやって倒すの!?」
「倒し方はあるよ、あいつが自分で言ったようにね」
セレスは荒い息を吐きながらもはっきりとした口調でルーシェの言葉に答える。
「あんな滅茶苦茶な相手を本当に倒せるの……?」
「ああ、ただし今の私では無理だし君でも無理だろう。君も腕は立つほうに見受けられるけれどあいつには敵わない」
それはルーシェ自身も分かっていた。あのルーマスという男には自分が逆立ちしても勝てないということは。
「でもあなたも動くのも辛い状況でしょう? これじゃ…」
「そうだね……だから頼みがある」
セレスがルーシェをじっと見て訴えてくる。
「私が何者かとかあの男がどんな存在なのか、今君はとても気になっているはずだ。あいつを倒したら私から全部説明する。だから……私と契約してくれ」
「け、契約って一体なにをすれば」
「えーっと……嫌かも知れないけど……お互いの血を飲むんだ」
「ええっ!?」
セレスの提案にルーシェは驚いた声をあげる。
「ち、血を飲ませ合うってこと!?」
「す、すまない、本当に嫌だとは思うけれどそれが必要なんだ。そうしたら私は君から魔力の供給を受けて安定して戦うことが出来る。君、魔力量はかなり多いだろう? 私にその魔力を貸してくれ、それであいつと闘える」
「そ、それはそうだけど」
「なあ」
二人が話しているとルーマスがしびれを切らして声を発した。
「まだ戦いは終わってないんだ、二人だけで盛り上がってんじゃねえぞ!」
大剣が二人めがけて振り下ろされる。
「くっ……」
セレスがルーシェを抱えて振り下ろされた大剣をかわし、ルーマスから距離を取る。彼の大剣が振り下ろされた地面は抉れていた。
「……!?」
ルーシェはその光景を見て覚悟を決める。セレスにしてもあの男にしても分からないことだらけだ。けれど今はセレスに力を貸すのがこの滅茶苦茶な状況から自分が生き残る唯一の方法とルーシェは思った。
「……ああ、もう! これが終わったらすべてのことをちゃんと説明してくれるのよね!」
ルーシェはそういうと持っていた短剣で人差し指の先を軽く切る。白い肌を赤い血が滴っていった。そして彼女は血が滴っている指をセレスのほうへ差し出す。
「ありがとう、この戦いが終わったらちゃんと説明するよ」
セレスは感謝の言葉を述べて、自分も同じように人差し指の先を切り、ルーシェへと差し出す。お互いが指先から滴っている血を舐め取った時、暴風が吹き荒れた。
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