第2話

「……眠れない」


 騎士団の訓練から家に戻ってきたルーシェはお風呂に入って汗を流し、寝間着に着替えてベッドに寝転がる。騎士団に対して払われる給料はいいため家や生活に困ってはいなかった、住んでいる場所も帝国の首都である帝都の一等地と呼べる場所だ。

 しかしこんなに眠れないのは久しぶりだ。彼女は普段寝付きがよく、眠ろうと思ったらすぐに眠れる人間なのだが今日は眠れない。異様に目が冴えるのだ。


(昼も訓練で結構体力を使ったはずなのに。なんで今日に限って眠れないんだろう)


 悶々とした気持ちを抱えながらルーシェは頑張って再度寝ようとする。しかし、どうしても眠ることは出来なかった。


「仕方ない、少し散歩でもするか」


 散歩でもすれば少しは眠くなるだろうとルーシェは考え、ベッドから起き上がって外に出る。一応なにかあった時のため、剣は持っていくことにした。

 外は当然ながら日が落ちて辺り一面が闇に覆われていた。住民達も寝静まっており、静けさが場を支配している。

 ルーシェはそんな街中を一人で歩いていく。誰とも会わない中、冷たい夜風が頬を撫でるのが気持ちよかった。

 そのまま目的地も決めず、ゆっくりと歩いていく。どれだけの時間が経っただろうか。気がついたら帝都の外まで来ていた。


「ああ……こんなところまで来てしまった」


 ぼんやりと歩いていただけだからどこまで歩いていたかなんて気にしていなかった。


「さて結構歩いたし……そろそろ戻ろうかな」


 少しだけ疲れを感じていた。これなら眠れるだろうとルーシェは踵を返して元来た道を歩いていく。


「ん……?」


 帰り道もぼんやりとしながら歩いていると自分が歩いている方向に人影が見えた。


(こんな時間にこの場所に人なんて……一体なにをしているのかしら)


 一人きりでこんな時間に帝都の外を歩くなんて普通の人間にとっては危険なことだ。魔物にも夜に活動する個体が存在しているため、襲われる危険があるからだ。ルーシェのように訓練を受けた人間が出歩くならまだしももしなにも訓練も受けていない一般人だったら大変なことになる。


(とりあえずどんな人かを確認しよう)


 もし普通の一般人なら助ける必要があるかも知れない。騎士の一人として一般人を魔物に襲われる危険があるなか放置するなんてことはできなかった。


「もしもし、そこの人……」


 ルーシェは人影に近づいていき声をかけ――息を呑んだ。

 ルーシェが見つけた人物はとても美しかった。綺麗な銀髪に美しい青い瞳、雪のように白い肌にすらりとした体つき。完璧を絵に描いたらこうなるだろうというような女性がそこにはいた。あまりにも美しかったためルーシェは一瞬呆けてしまう。


「君は……」


 声をかけられたその人物はルーシェのほうをじっと見つめてきた。二人の間にしばしの沈黙が流れる。


(って呆けている場合じゃない! 早くここが危険だってことを教えてあげないと)


 相手に見とれてしまった自分の頬を軽く叩き、ルーシェは意識を切り替える。


「あのここは魔物も出るから危険です、よかったら帝都まで送りましょうか?」


 ルーシェの言葉に謎の人物は唇に手を当て、考え込むような仕草をする。こんななにげない仕草でも異様に様になっていた。


「……そうだね、迷惑にならないならお願いしてもいいかな?」


聞いていて心地よくなる涼やかな声で美しい人はお願いをしてきた。



(奇妙なことになっちゃったわね)


 ルーシェの隣には先ほど見つけた謎の人物。大人しくルーシェの横に並んで歩いている。

 とは言ってもお互い話せることもないため、黙り込んだままだ。沈黙が空間を支配することに少し気まずさを感じるがどうにもできない。

(にしても本当に美人だよね、同性の私でも見惚れちゃうくらいだわ)

 横を歩く人物に改めて目をやる。歩いていても目を引く姿に心奪われそうになる。


(いけない、いけない。今は周りに気を配らないと)


 首を振って余計な考えを振り払い、周囲を警戒する。今のところ魔物は出てきていないとはいえ、これからどうなるかは分からないのだ。不意を突かれて窮地に陥るとかは絶対に避けたい。


「ねえ」


 そうやってルーシェが気を取り直して周りを警戒していると隣を歩いている人物から声がかけられた。


「な、なんですか?」


 緊張で声が少しうわずってしまった。そんな自分にルーシェは恥ずかしさを覚える。

 視界に入ってくるのは綺麗な相手の顔、夜風に銀の髪が幻想的に揺れている。じっと青い瞳に見つめられると目が離せなかった。


「君の名前を教えてくれるかな? 短い期間とはいえ流石に道案内をしてもらって相手のことを知らないのは居心地が悪くてさ」


「あっ……」


 そういえば名乗るタイミングを逃してしまっていた。確かに相手の言うとおりだ。

「ごめんなさい。私はルーシェといいます」


「ルーシェ、いい名前だね」


 ルーシェの名前を聞いた相手は恥ずかしがる様子もなく褒め言葉を口にする。真っ正直に褒められてルーシェは少し恥ずかしかった。


「あ、あなたの名前も教えて!」


 ルーシェも相手の名前を知りたかったため、相手の名前を尋ねる。恥ずかしさを隠そうとしたせいか少し語気が強くなってしまった。


「ああ、こちらも名乗っていなかったね。失礼な真似をしてしまった。私はそうだな……」


 なぜか少し考え込むような仕草をしてその人物は答える。


「私のことはセレスとでも呼んでくれ」


「分かりました、じゃあセレスさんと」


 少しはぐらかしたような回答だったのが気になるが、帝都に着くまでの関係なのだからそんなに気にすることでもないとルーシェは思い、そのことについては深く追求しなかった。


「ところでルーシェさん。変なことを聞くかもしれないけど今は何年だい?」


 いきなり奇妙なことを言い出すセレス。今の世界は帝国が統治して暦は統一されている。そんな時代で今が何年か知らないっていうのはいくらなんでも不自然すぎる。


「今は帝国暦300年ですよ、季節としては冬ですね」


 冷たい夜風が頬を打つのを感じながらルーシェはセレスの質問に答える。


「帝国暦300年……」


 ルーシェの答えを聞いて噛みしめるように呟くセレス。その顔には驚いたような表情が浮かんでいた。 


「そうか、私はそんな時代に……」


「セレスさん……?」


「なんでもないよ。教えてくれてありがとう」


 セレスはルーシェの言葉を遮るようにして会話を打ち切り、そのまま歩きだす。これ以上この話を続ける気はないようだ。


「一体どうしたんだろう」


 セレスの奇妙な態度に疑問を覚えつつもルーシェは彼女の後についていった。



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