少女は英雄に希う
司馬波 風太郎
第1話
幼いころからずっと己の心を満たす戦いに焦がれていた。
史書に出てくる英雄達と戦えたらと夢想した。その英雄達が巻き起こす血が湧き立つような闘争に憧れた。
自分もあのような闘争が出来たらと英雄譚を読む度に思った。
そうすれば自分の胸の渇きが癒えると思ったから。
でも平和な世には望んでもそんな機会は与えられない。
それでも――。
ああ、願わくはどうか。
どうか一度でいいから私にこの胸の渇きを潤すような時間を与えて欲しい――。
「そこまで!」
勝負を見守っていた教官の声が響き渡る。一人の少女が戦っている相手に剣を突きつけていた。
少女――ルーシェ・クロードは冷たさの宿る赤い瞳で無表情に相手を見下ろしている。綺麗な金髪に少し冷たい印象を与える目付き、纏う雰囲気は彼女に近寄り難い印象を与えるが見た目は誰もが認める美人だった。
「勝者、ルーシェ!」
ルーシェと呼ばれた少女はその言葉を聞いて振るっていた剣を鞘に収め、戦っていた相手に目もくれず背を向けてその場を後にする。戦っていた相手の敵意の宿った視線が背中に突き刺さっているがルーシェは気にしない。
「……やっぱりつまらない」
訓練を終えた後、ルーシェはぽつりと呟いた。訓練の相手がちっとも強くないのに彼女は飽き飽きしていたのだ。
(もう少し私の餓えを満たせる相手はいないのかな)
貧しい村の育ちの彼女は幼い頃から剣の腕が優れていたため、このエレメイン王国の騎士団に入団することが出来た。騎士団から出る給料は高く、生活に困らないため、とても感謝している。しかし――。
「こんな平穏な世じゃ私のように剣の腕や戦いの技術に優れていても生かしようがあまりないよね……」
この世界には一つの大陸があり、その大陸は一つの帝国によって治められている。それがこのエレメイン帝国だ。今ルーシェが騎士として仕えているこの帝国がこの大陸を制覇して数百年、大きな争いはなくなって人々は平穏に暮らしている。しかしそんな世の中ではルーシェのように戦うことに優れていても宝の持ち腐れだった。確かに魔物は定期的に出るため、ルーシェのような騎士に役割がないわけではない。ほうっておくと奴らは定期的に人を襲ったりするため、きちんと討伐しておく必要がある。だから騎士の待遇がめちゃくちゃ悪いわけではないのだ。事実ルーシェも今の騎士としての待遇にはとても満足している。
だけど――どこかに虚しさを抱えている自分を否定できなかった。
(騎士になれば強いやつともやり合えると思ったけど……期待外れだったなあ)
幼い頃から剣の才能があったルーシェはひたすらにその才を磨くことに時間を費やしてきた、騎士になろうと思ったのもその才を行かせると思ったからだし、なにより自分を高められると考えたからだ。
けれど彼女の心から空虚さが消えることはなかった。騎士となったルーシェはその恐ろしい剣の才能でみるみる頭角を現し、あっという間に他の人間を抜き去ってしまったからである。騎士になれば自分を高められるという彼女の考えは完全に間違っていた、彼女は強すぎたのだ。騎士になっても彼女の心の空虚さは増すばかりだった。
無論彼女とてこの泰平の世が嫌だと思っているわけではない、いいことだとさえ思っている。魔物は出るが多くの人が安定して暮らしていける世というのはなにものにも勝るものだ。
――それでも
(一度でいいから自分が全力を振るっても問題ない相手と闘ってみたいわ)
どうあがいても叶わない願いを胸に抱きながらルーシェは今日も一日を過ごしていく。
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