第5話 陰陽の理

「しつこいな~」

 赤と青の扇を両手に持った隼人が疲れたように呟いた。

 疲れたというより飽きてきたのだろうが。

「こんな事してたら夜が明けて任務続行不可で失敗になるじゃん」

 むぅ、と拗ねながらも隼人の方はまだ体力があるようだ。

 飛んだり跳ねたりしているが元の体力が五人の式神の中で一番ある隼人からすれば、疲れよりも生来の飽き性の方が心配なところだ。

 任務中に建造物を壊したりケガ人が出た場合、それは陰陽師の失点となり、それなりの処分が下されることになっている。

 火群を含めた他の四人の式神ならその重要性を知っているが、まだまだ式神となって若い方の隼人は未だその辺りの事はよく理解できていないのか、飽きてくると周囲の状況を考えずに大胆な手段に出る時がある。それで過去に何人も陰陽師たちが隼人の扱いに悩まされてきた。

「……失敗は嫌だ。俺だって奏楽君たちと同じ式神なんだからこのくらいの連中」

 スッと赤い扇を構えて持ち直した。

「ちょっと建物が壊れるかもしれないけど、任務を失敗するよりは絶対に良い筈」

 赤い扇に自らの霊力を注いで狙いを定める。

 しかし隼人はなかなか次の行動に移そうとしない。決断の早い隼人には珍しい事だ。

(――――ッ!)

【隼人! またお前は後先考えないで……】

 砕架氏が怒っているような呆れたような表情で言った。

【いいじゃんか。陰陽師にとっては失敗するよりずっと為になるさ】

 それに対して全く聞く耳を持たなかった自分の返答。我ながら可愛げがない。

【あーぁ、あの陰陽師しばらく任務復帰できないかもな~】

 火群君がからかうように言ってきたけど、そんなの俺に関係ない。

【俺を巧く制御できないからいけないんだ。もう一度修業し直せばいいだろ】

【隼人君は相変わらず厳しいな~】

 乎岐さんが面白そうに笑って俺の頭を撫でるけど、すぐにその手を払う。

【子ども扱いするな、っていつも言ってるじゃん】

【えぇー、だって隼人君はまだ若いしさー】

 招き猫のような乎岐さんの笑顔は苦手だった。

【もう~反抗期かな~】

【難しい年頃なんだって】

 困ったように言う乎岐さんの肩に肘を置いて呑気にそんな事を言うのは火群君だ。

 難しい年頃とかそんなの知らない。俺はとにかく、一日も早く奏楽君たちみたいな立派な式神になりたいんだ。

 陰陽師たちに使役されるのではなく、敬愛されて崇高な存在として自らの存在を主張できる、誰もが必要とするけど手の届かない存在として在り続ける。

 それが俺の目標。やっぱり式神として生まれたからには、上を目指したいじゃないか。

 しかも四人の中で一番人気を独走している奏楽君は並外れた実力と外見の良さから陰陽師に留まらず姫君たちにも気に入られているらしい。

 姫たちの人気はどうでも良いけど、陰陽師の誰もが奏楽君を任務に連れて行きたがるし、自らの専属式神にしようとする奴までいるくらいだ。

 事実、今回組んだ陰陽師も本当は奏楽君狙いだったらしく、まだ式神として日が浅い俺を見下して他の式神を使うから腹が立って、早く任務を終わらせたくて制御も満足にできない風を操る術を使った結果、周りの建物を半壊させてその陰陽師は処分を言い渡された。

 だから、今回の事は俺のせいじゃない!

 苛立ち紛れに小石を蹴った。

【あ、隼人。帰ってたんだ、おかえり】

 この声は!

【奏楽君!】

 後ろから声をかけられて振り返った先にはやはり奏楽君がいつもと変わらない笑顔で立っていた。

 俺も笑い返して駆け寄ると、奏楽君の後ろに誰か隠れているのが見えてそっちに視線を向ける。

【奏楽君、その子は?】

 観たところ人間の女の子でまだ幼いし、最近歩けるようになったくらいだろうか。

【ああ、この子は今日から俺が守護兼専属式神になった陰陽師だよ】

【えぇっ!】

 俺は開いた口が塞がらなかった。

 何故なら奏楽君はずっと誰かの専属の式神になることを嫌がっていたからだ。

 奏楽君の力に見合うだけの陰陽師が現れなかったからだけど、だからと言ってこんなに小さい子が奏楽君の力と同等なんて想像もつかない。

【うん、まあ…そうだよね。ずっと主を決めなかったから隼人が驚くのも無理はないと思うよ。でも俺、この子以外の主なんて考えられない】

 言いながら自分の後ろに隠れていた少女を抱き上げてその頭を撫でる。

 奏楽君がここまで言うのだから何か特別な力でもあるのかと思ってジッと少女を見つめていると。

【いいこ、いいこ】

 小さな手で俺の頭を撫でてきた。

【………え?】

 一瞬何が起きのか理解できなかった俺は固まってしまった。

【ふっ、あははは、そうだね。隼人は良い子だよ】

【いいこ、いいこ】

 噴出して笑う奏楽君と変わらずに俺の頭を撫で続ける少女と大人しく撫でられる俺。何、この状況?

【はい、そこまで~。隼人は任務帰りで疲れているから休ませてあげなよ。次は乎岐さんたちを紹介するから】

【はぁーい】

【またね、隼人】

【ばいばーい、隼人くん】

 ニコニコと手を振って去っていく奏楽君と少女を見送った俺はいつの間にか消えていた苛立ちの替わりに広がった暖かい何かに混乱していた。

 それからすぐ、俺は奏楽君から聞いて彼女が高い霊力を持つことから初の女性陰陽師に育てる事やそのせいで妖怪や鬼に狙われ易いという事を知った。

 俺はどうしても奏楽君たちと同じく彼女の守護兼専属式神になりたくて、必死で修業して五行説を寝る暇なく勉強して、ようやく他の候補式神たちを押し退けてその役割を手に入れた。

 その時にはもう奏楽君たちと対等になりたいとかそういう考えはなくて、ただあの時に感じた暖かさを手放したくなかった。

 そして今、俺はここにこうして居る訳だが、何度も彼女と任務を一緒にしていくとその度に護りたい気持ちが強くなっていくんだ。

 主を護りたい、それは式神として当たり前のことだし、専属式神になる必須条件。でもこれが式神の強さになる。

(想いの強さが、式神をより強くし、更なる覚醒へと導いてくれる!)

 隼人は手に持った赤い扇と青い扇を交差させるように構える。

「生を謳うは赤き鳥、天を駆けるは青き獣。海を統べるは強固なる者。地を歩むは孤高なる存在。聞け、そして応えよ。我が名は風を従える式神なり」

 バッと赤と青の扇を左右に広げ、足元に五芒星が浮かぶと下から強風が吹き上がり、隼人の身に纏う着物も靡く。

 それを気にすることなく隼人は赤い扇を天へ翳す。その間、一度も目前の妖怪の群れから視線が外れない。

「ここに立ち塞がる悪しき者たちを尽く薙ぎ払え!」

 言葉と同時に力いっぱい赤い扇を振り下ろし、それより一テンポ早く後ろ手に持っていた青い扇をスイッと手首だけで振り上げる。

 そうなれば、天より降りてきた四体の朱雀、青龍、玄武、白虎がそれぞれに目標を定めて妖怪へ突進していく。そして、隼人の後ろで別に妖怪と戦っていた火群の霊力が回復する。

「おっ……」

 突然楽になった体に火群は驚いて隼人へ振り向く。

(これは、奏楽君の十八番。四神召喚と霊力回復を同時に行う最高神術。陰陽の理……いつの間に覚えたのだか……末恐ろしい奴)

 そう思いながらも、火群は気付かれないように笑みを浮かべる。

「この上なく、心強いけどな」

 火群も負けまいと朱雀の火の玉を燃やした。

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