第4話 朱雀の舞
それからまた夜中までそれぞれに時間を過ごし、街の明かりが完全に消えた事を確認すると、できるだけ物音を立てないように部屋から出た。
「……まずは外の様子を確かめるぞ」
戸の前へ屈んだ火群に二人が頷いたのを確認して、僅かな隙間から外を覗き込む。
「ッ!」
様子を見た火群が思わず自らの口を手で塞いだ。
(なんだよなんだよ、あんなのを相手にしろってかぁ?)
「「?」」
突然固まった火群の様子を不思議そうに見る子供二人。
今の火群にはそれを気にするだけの余裕はなく、必死に作戦を考え始める。
(まず俺が連中の動きを封じて、隼人の攻撃で一気に数を減らしてその間に……)
「火群君だけズルい! 俺にも~」
「隼人! 待てお前、押すなって、おいっ」
「うわあっ」「ちょっと待てぇ!」
なかなか動かない火群に痺れを切らした隼人が火群の後ろから隙間を覗き込み、戸と隼人に挟まれる形で前に押された火群が思わず戸に両手を着いた瞬間、二人分の体重に耐え切れず戸が街道側に倒れてしまった。
「ふ、二人とも大丈夫?」
後ろから尋ねる主の声に火群はすぐさま上に乗っている隼人と一緒に起き上がり、妖怪の群れを見る。
完全に気付かれた今の状態に火群は面倒そうに深いため息を吐いた。
「あーぁ、結局こうなるんだよなぁ」
「資料で聞いた時より多いよ、火群君」
ワクワクと楽しそうにしている隼人への文句は後回しだ。
どちらにしても主である彼女に何かあれば二人揃って奏楽君に怒られる事は確実なのだ。
「隼人さーん。鬼の形相の誰かさんを拝みたくなければ彼女を命がけで護るぞ」
「おぅよ!」
それぞれ臨戦態勢に入る二人を見て懐から扇を取り出して広げる。
「よし、二人とも行くよ」
サッと扇を振ったのを合図に火群と隼人が妖怪の群れに突っ込んでいった。
火群と隼人の守備範囲から抜けてきた妖怪は彼女の手にある扇によって退治される。
本来扇には安全面を考えて何の力も宿してはいない。今扇に宿っているのは行く前に奏楽が自らの力を僅かに潜ませておいたものだ。
彼女が扇を使う度に表れるよく知った気配に火群は苦笑を浮かべる。
「やれやれ、どこまで過保護何だか」
半分は片付いてきた群れだが未だに逃げる素振りは見せない。
(いい加減、こちらの体力の方が限界なんですけどぉ~)
隼人と違ってあまり持久力のない自分はこういう長期戦向きではない。本来ならこの仕事は断って然るべきなのだが……。
チラッと妖怪と戦う主を見て火群は口の端を上げる。
(断れるわけないじゃん。俺を信じた主のご指名なのだからさ)
目の前に迫った妖怪の攻撃を手に纏った炎で焼き尽くす。
「俺の火は何者も灰にする劫火の力。消し炭になりたい奴から来いよ」
1つ、2つと赤い火の玉が火群の周りに浮かび円を描くようにゆっくりと動いた。
「こっからはアリ一匹通してやらないからな」
スッと目を細めて妖艶に微笑む。
その立ち姿は気怠そうに見えるが、周りを忙しなく動く火の玉が相手を常に見張り少しでも動こうものなら容赦なく襲い掛かってくる隙の無さだ。
「朱雀の舞だね」
それを透視で見ていた乎岐が面白そうに呟いた。
「火群くん、久しぶりに出したな」
同じく様子を見ていた砕架は苦笑いだ。
「なかなか本気を出さないからこの技を見るのも実に何年ぶりだろう?」
「前に見たのは確か、清明様がまだ小さかった頃だな」
「そんなに前だっけ? じゃあ隼人君やあの子は見たことないだろうね」
乎岐も苦笑いを浮かべて砕架を見る。
「だな。それだけ火群くんの体力もヤバそうだけど」
「あ……」
砕架の発言で乎岐は火群の使う技の欠点を思い出した。
「火群の使う技は朱雀に関わるものがほとんど。炎が酸素を食って燃え続けるように火群の生み出すあの火の玉も霊力によって燃え続けている。長期戦になればなるほどヤバいのは火群の方だ」
今は険しい表情で話す砕架はどこか焦っているようにも乎岐には見える。普段は冷静でそっけないように見える砕架は実は一番の仲間想いで、何かとサボりたがる火群の面倒見も良い。
怪我さえなければすぐに向かっていただろうが、清明からも安静にするよう命じられている砕架は屋敷から出る事はできない。
それは乎岐も同じで。指名されていない式神は一切の手出し無用な上、この都に危険が迫った時、即座に動けるようにしておかなくてはならない為だ。
「それにしても奏楽君はどうしたのかな? もしかしてまだ拗ねてるのかな~」
乎岐の呟いた言葉は答える者もなく虚空に消えた。
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