第2話 任務開始
時間は少し遡り、先に乎岐さんという清明の代理役を任されている式神の所へやってきた伽耶と隼人は次の仕事が書かれた紙を渡されていた。
「ふ〜ん、今回はちょっと歩くね」
「隼人君、これのどこがちょっとなのかな」
嫌そうに口元を引き攣らせた伽耶は、感心している隼人へ振り向いた。紙には、隣の町に夜な夜な出現し続ける妖怪を退治して欲しいという依頼が書かれてあった。
しかもその妖怪というのが、一体や二体ではなく夜更けになると大量に現れて行列を作り、少しずつこの都へ迫ってきているらしい。このまま放っておくとその町だけの被害では到底済まされないということは、ほぼ確実だ。
「つまり、この妖怪達を退治してこの都に来させなければいいんだよね?」
あっさりと簡単に言い切った隼人の楽観的な言い分に、乎岐は困ったように眉根を寄せて苦笑を浮かべる。
「まあ、簡単に言えば、ね。そういう事なんだろうけど……」
「けど、何? 乎岐さんは、何を心配して」
煮え切らない乎岐の反応に、疑問が浮かんだ隼人はまだ式神としての経験が浅く気付けない為か怪訝そうに眉根をキュッと寄せて相手の返答を待つ。
しかし隼人の疑問に答えたのは、乎岐の後ろで控えるように立って話を聞いていた男がため息と共に呆れた様子で説明し始める。
「言う程簡単に終るような仕事じゃないってことだよ、隼人」
「砕架(さいか)氏はなんでも難しく考えすぎ」
「隼人は単純に物事を見すぎなんだよ。戦うのは俺等式神でも、主である陰陽師に何か遭ったら、取り返しが付かないだろう」
ゆっくりと隼人を諭すように言う砕架も、奏楽や隼人や乎岐と同じく式神の一人だ。
「まあ、砕架氏の言い分も解るっちゃ解るけどねぇ。俺としては、陰陽師に何もなければ怒られる事はないし? さっさと行って片して来てもいいんじゃないのかなぁ、って気はするよね」
「さっすが、火群君! 話が解る~」
壁に凭れて今まで黙って話を聴いていた火群(ほむら)の言葉に、隼人が嬉しそうにはしゃぐ。もちろん彼も式神だ。
奏楽も含めた彼等五人の式神は、一般的に陰陽師達が従えている式神とは立場が違い、その役目も少し変わっている。
彼等は言って見れば、清明直属の式神であり、陰陽師の力の源と言える五芒星の属性をそれぞれ司り、守護している。
よって、普通の式神たちとはあまり面識がなく、他の陰陽師達からは清明の代役として丁重に対応されてもいるし、今は奏楽を中心に彼女の守護兼式神として傍にいる身だ。
今回の仕事は、妖怪退治をしてこの都を守ることだ。
「じゃあ、今回は誰を一緒に連れて行くのかな?」
優しく笑って訊ねる乎岐の質問に、彼女は少し考えて応える。
「ん~、ここ最近はずっと奏楽君と一緒だったからたまには奏楽君に休んでもらって、隼人君と火群ちゃんにしようかな」
「よっしゃ!」
「おっし! 出番来た」
久しぶりのご指名に喜ぶ二人。それとは逆に。
「はぁあ、留守番か。ちょっと暴れたかったな」
「何を言ってんの。この間の怪我、まだ完治してないでしょ?」
残念そうな砕架に、乎岐が注意をする。
そう、前回の仕事で砕架は相手に不意をつかれて肩に怪我を負ってしまい、しばらくは安静にしていなくてはならなくなった。
それも考慮した上での彼女の人選に、砕架は残念ながらもその優しさに嬉しくもなった。
「ま、ありがとな。ゆっくり休ませてもらうわ」
「うん。ごめんね。砕架さん」
申し訳なさそうに謝る彼女に砕架は、歩み寄ってポンポンと低い位置にある頭を撫でる。
「気にすんなって。次の仕事には間に合わせるから、そん時はヨロシクな」
「うん。是非お願いするね」
ニコッと微笑んだ彼女に、砕架はりょーかい。と笑い返した。
そこへちょうどやって来たのは。
「あれ? もう話終ったの」
遅れた奏楽が、にこやかな微笑みを浮かべたまま入り口に立っていた。
「あっ、奏楽くん、遅いよ!」
「ごめんごめん。いろいろとしていたら遅くなっちゃって」
頬をぷぅっと膨らませた伽耶に、苦笑いを返し謝る奏楽の元へ高揚する気持ちを抑えることなく隼人が嬉しそうに駆け寄る。
「奏楽君、聴いて聴いて! あのね、俺やっと仕事に行けるんだよ」
「へぇ~そうなんだ。で、今回はどんな仕事?」
「これだよ、奏楽くん」
今度は主である彼女から渡された紙を丁寧に両手で受け取って目を通す。
読み終わり顔を上げた奏楽は、伽耶に対して見る者が見れば分かる程の黒い笑顔で尋ねる。
「うん、内容は解ったよ。それで、誰を連れて行くって?」
「今回は、隼人君と火群ちゃんの二人だよ。奏楽君と乎岐さんと砕架さんはお留守番」
「……そう、解った」
にこやかに微笑んであっさりと了承した奏楽の後ろには、何故か黒いオーラがあった。
「「そ、奏楽君!」」
砕架と乎岐の表情が一気に青ざめた。
「奏楽君、俺たち頑張ってくるんだな!」
「まあ、期待して待っていて。しっかり護るから」
そんな空気を知らない隼人と火群は、爆弾とも言える発言を奏楽に投下した。
「うんっ、期待してるよ。気を付けてね」
そんな二人にとても爽やかな笑顔を返す奏楽だが、その背後のオーラは一向に静まらなかったらしい。
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