専属式神

朱雪

第1話 女陰陽師

 平安時代、まだ妖怪や悪霊が人の世を騒がせていた頃、身分の高い貴族達を守り導く集団として設置された陰陽師の集団があった。

 有名な安倍清明を中心に占いから結界や物の怪退治まで幅広く執り行ったその集団は、清明の一族で構成されている為、女子供も中にはいた。しかしほとんどが陰陽師達のお世話や炊事をするだけで、陰陽師としての仕事をする女性は今までに一人もいなかった。

 そんな現状でもたった一人だけ違ったのは、紅一点と言える、他の陰陽師よりも強い霊力を有して産まれた少女、伽耶(かや)だ。

 清明は特例として伽耶を陰陽師として育てる事に決めた。

 

 現在。

「ほら、起きて。起きてってばぁ」

 肩を揺らして起こすのは、汚れ一つ見当たらない真っ白い狩衣(かりぎぬ)に身を包み、癖のないサラサラの茶髪を後ろで一つにまとめた男性。一見すると、陰陽師に見えなくもないが彼の正体は人ではない。

「んんぅ、もうちょっと~」

 寝返りを打っていつものお決まりを口に出した伽耶に、男はふぅ。と眉を顰めて溜め息を吐いた。

 毎朝の事である為男は、慣れた手つきで布団を剝がしにかかる。

「そう言って、いつも起きてくれないでしょ。ほら、もうすぐ隼人(はやと)が迎えに来るよ」

「んむぅ、奏楽(そら)くんのケチ、意地悪~」

 しばしの間、布団の奪い合いをしていた両者だったが、諦めて観念した伽耶はむくりと起き上がりながら拗ねたように唇を尖らせて男の名前を口にした。

 対する奏楽と呼ばれた男は爽やかな草原に吹く風のような微笑みを見せる。

「うん。ケチでも、意地悪でもけっこうだよ。俺は君の式神だから面倒を見る。これが俺の仕事だし」

 そう。奏楽は伽耶の式神だ。

 幼い頃より特別強い力の伽耶に興味を持ち、奏楽自らが清明に頼んで最初に専属式神として任せてもらえたようだ。

 今では兄のように伽耶の面倒をよく見てお世話をしている少し変わった式神でもある。

「はい、これが今日の着替えね。終ったら呼んで。髪を結うから」

「うん、解ったぁ」

 まだ眠気が残る間延びした返事をしながら、奏楽から受け取った陰陽師専用の正装である着替えを持つ。

 それから奏楽が部屋から出て行くのを確認し終えた後に朝の支度を始める。

「……よいしょっと。よし、奏楽く〜ん。できたよ」

 廊下に向かって呼び掛ければ、ススーっと襖が開いて奏楽が再び戻って来る。

 伽耶が身に着けた衣服のシワをサッサッと手を滑らせて伸ばし整えた後は一度頷いて屈む。

「うん。じゃあ後ろを向いてジッとしていてね」

「は――い、お願いします」

 手を挙げてクルリと後ろを向けば、奏楽が櫛を手に持って彼女の髪を丁寧に解かし始める。最後に紅い紐でキュッと結わえてから、もう一度確認してようやく朝の身支度が完了した。

 いつもながら奏楽の手際の良さに伽耶が感心していると、ばたばたと廊下から騒がしい音が聞こえた。

「いぇ――い、おっはよ!」

「もぅ隼人。廊下は走っちゃ駄目だっていつも言ってるだろう」

 奏楽の咎めるような声にも怯まず、隼人(はやと)と呼ばれた少年は元気いっぱいの明るい声で謝る。これも毎朝の事だ。

「ごめんごめん。それより、準備はできたよね。じゃあ、早く乎岐(こき)さんの所へ行こう!」

 朝からここまでテンションが高い隼人に奏楽は苦笑いをして、伽耶は戸惑いがちに、うん。と頷いた。

(あぁ、もう少しだけ二人でいたかったな~)

 心の中でそっと呟いていた奏楽だが、先に廊下へ出た二人を追い、自分も急いで廊下に一旦出るが。

「あっ、忘れてた!」

 布団や彼女の寝巻きを片付け忘れている事にすぐ気が付き、左掌上に向けてスッと上げる。

 同時に奏楽の黒い瞳の縁が、青白く光り布団や寝巻きが浮き上がる。布団は綺麗に押入れの中へ収納され、寝巻きは奏楽の元へふわふわと漂うようにやってくる。

「よし、まずはこれを女官達に渡して洗ってもらわないとね」

 寝巻きから微かに香る伽耶の霊力に、自然と口元が綻ぶが、すぐに頭を振って己の中に生まれた邪念を消し去る。そしてこれ以上時間をかけては危険だと判断した奏楽は、急いで目を閉じ、スゥとその姿を空気へと溶かすように目的地へすぐ移動した。

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