第2話

夏休み前の『ウエスト』での事―――――



「海に行きたい。」


「俺達が付いていきます。新さん、許可して貰えますか?」


私と悠人達が『ウエスト』のいつもの部屋で兄に交渉を始めた。教室で漏らした一言に、悠人達が賛同してくれた。


兄の表情は険しい。私は兄の隣に座り、腕を絡めてお願いする。


「お兄ちゃん、海に行きたい。」


「ふふっ、向日葵ちゃん、私も行きたい。」


「鈴音さん?」


「私も行きたい。向日葵ちゃんと遊びたい。」


珍しく鈴音が琉生にお願いしている。鈴音は琉生と付き合ってから、自由に出掛けていないに違いない。


閉じ込めて、傍に置いて、琉生の束縛に鈴音は愚痴を溢した事はないだろう。


そんな鈴音が琉生にお願いしている。


「琉生、海に行きたい。」


「…………。」


琉生は目を閉じて考えているようだ。私も同じように兄にお願いした。


「ウエストの支配下じゃない。だから危険が付きまとう。」


「やっぱりダメ?」


琉生の答えに鈴音が小さく呟いた。鈴音は琉生の気持ちが分かるから諦めるだろう。


それでも私はお願いしてみる。


「琉生君、鈴音さんが大切なのは分かるよ。でも、夏なのに何処にも連れて行かないなんて可哀想でしょ?」


「可哀想?」


「鈴音さんだって遊びたいよ?でも琉生君の守りたい気持ちも分かるから、今まで何も言わなかったんじゃない?」


「…………。」


「琉生君、皆で行こうよ。大勢で行けば、問題もないでしょ?」


琉生が鈴音に視線を向け、じっと二人が見つめあっている。そんな二人を周りは見つめていた。


「鈴音、行くか?」


「琉生、いいの?」


「ああ。新、何人か人を集めて行くぞ。」


「分かった。琉生、向日葵の我が儘で悪かったな。」


「いや、向日葵の我が儘なんて慣れてる。」


久し振りに見る琉生の笑顔に胸がキュンとなった。最近、私には笑顔を見せる事がなかったから。



そして………本日、私達は海にやって来た。


「着いた!」


兄のバイクから飛び降り、大きく海の香りを吸い込んだ。潮風に乗って、磯の香りがしている。


琉生達はまだ到着していないようだ。私は兄達と皆が来るのを待っていた。


「向日葵、絶対に離れるなよ。」


「分かってる。」


「ここはサウスの支配下だから、下手に騒がなければ大丈夫だからな。」


「うん。」


兄達はウエストのメンバーだ。海があるのはサウス、つまり東高の配下になる。でもサウス自体はウエストと仲が悪いわけではない。


だから琉生も了承したんだろう。


「来たぞ。」


バイクの爆音に目を向ければ、数台のバイクが向かってくる。琉生のバイク…………?


「琉生じゃないな。」


「サウス?」


兄達の話からサウスのメンバーが近付いて来ているようだ。兄が私の前に立ち塞がった。


「向日葵、奴等に顔を曝すな。」


「分かった。」


兄の言葉に頷いた。大きくなるバイクの爆音に、近付いて来たのが分かる。


バイクの停まる音に私は頭を下げて俯いていた。


「如月?それに青山?」


「海に来ただけだ。別に騒ぎは起こさない。」


兄がサウスのメンバーと話しているようだ。私は兄の背中に隠れ、ひたすら俯いていた。


「夏だからな。まあ、ゆっくりしていけ。」


「悪いな。」


「っで、後ろの女は?」


「妹だ。」


「ふ~ん、まあいい。」


和やかな空気ではないが、ピリピリとした空気でもない。お互いが牽制しているように感じる。


バイクを吹かす音に、私は大きく息を吐き出した。息を潜めて緊張していたんだと分かった。


「如月の妹、そのうち紹介してくれよ。」


「機会があればな。」


バイクが遠ざかる音に私は俯いていた顔を上げた。

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