第2話 JR新宿駅
JR新宿駅東口への階段を上る。3Dのネコが甘えた声を出している。アルタビジョンでは警視庁の「闇バイト」への啓発動画が流れていた。誰も見やしねぇよ、と心の中で思う。歌舞伎町の方面へ、銀行とハイブランドのショップの間の狭い路地を歩く。腐卵臭がする。もうすでに、日本一とも称される繫華街の香りがする。夕方を過ぎるとこの街の本当の姿が現れる。ラーメン屋が新宿区役所方面に向かう狭い路地に無数に存在している。ハイカロリーと炭水化物を摂取しないと持たないと考える人が多い証かもしれない。整理されているようで無秩序な空間。進むと、「歌舞伎町さくら通り」と書かれたアーケードが信号機の先に見える。ホストやキャバの宣伝や募集を謳ったトラックが爆音を出して走り抜けている。「売り上げ〇〇億円達成!」「新規募集!」と気味が悪い。この街は、欲望に従順な人には寛容だと思う。パトカーのサイレンが交差点に響く。誰も気にする様子はない。無数のカラオケ店から爆音で流行りの曲が流れている。焼き肉店からだろうかダクトからの煙がモクモク排出されている。ゲーセンには外国人観光客がはしゃいでいる。イケメンなキャッチや制服にコスプレした女の子達が通行人に話しかけたり勧誘したりしている。法律的に大丈夫なのだろうか。全体的に空気が澱んでいる。ネオンが光り、二分も歩けば格安居酒屋やドラッグストアが両手で数え切れないほどある。男女の痴話喧嘩なんてこの街にとっては取るに足らないことだ。
区役所の前では「メンズ地下アイドルなどの過剰な推し活が問題になっています。性風俗店や売春に繋がります。安全に繁華街を楽しむために節度を持って楽しみましょう。」「路上での客引き、キャッチには絶対についていかないようにしましょう。トラブルに発展します。新宿区でも取り締まりやパトロールを強化しています。気をつけましょう。」とアナウンスを機械的な女性の声でしていた。何が「安全に繫華街を楽しむ」だ。ホストなんかに行ったら煽られて金銭感覚が狂うに決まっているだろうに。特に、新宿みたいな繫華街は社会的な秩序の中で人間の原始的な本能や欲望が溢れ出す場所なのだから。一本狭い路地に入れば無料案内所やホストクラブ、キャバクラが無数に存在する。誰かがタバコを通りで吸っていても逆に「これを承知で新宿へ来てるんでしょ? 」と言われそうだ。少し前、やたらとメディアが“オーバードーズ”だの“若者の居場所”だのと騒いでいた歌舞伎町タワーの前の東宝シネマズ横、通称“トー横”。どちらかというとシネシティ広場がメインな気がする。この場所に集まるのは「時代的なもの」ではないと思う。同じような境遇の人が集まっている場所がどこかに存在していたら、当然のことながら人は集まるだろう。それは、もし三十年前であったとしても今と同じようになるだろう。ゴミが散乱して汚かった“若者の居場所”は資材がブルーシートに覆われて広場を埋め尽くしていた。区分けをするように無数の柵が置かれていた。“排除アート”と同じだろう。広場に若者が座り込むことはもちろん、その場に“存在”する権利すら奪われた。柵を設けて「排除」をしても何も意味がないということを誰か理解しているのだろうか。“立ちんぼ”も“トー横”も場所から居なくさせても、問題がなくなるどころかさらにアンダーグランド化するだけだというのに。
歌舞伎町タワーへ入ろうと、広場の端に一か所だけある一人通るだけでギリギリの通路を通っていたら小柄な少女とぶつかってしまった。
「あっ、すいません。」と言い、足早に立ち去ろうとした。けれど、少女に手を引っ張られ少女は通路をタワーの方へ走り始めた。
「来て。いいから来い!あたしとぶつかった責任!」
あまりに突然のことで声も出ず、ただ少女の歩幅に合わせて走るしかなかった。
少女はいわゆる“地雷系女子”。カバンにもなるMCMのピンクのリックを肩にかけていた。周りの人が訝しげにこちらを見る。雑居ビルの入口で、少女は止まった。
「すいませんでした。わざとじゃないんです。あそこ、狭かったので。」そう言って少女に謝った。
「別に謝ってほしいわけじゃないんだけど。あんた、何か面白そうな人に見えたから。それに、あんた気弱そうだし変な人じゃなさそうだし。あたしは、あんり。吉野あんり。年は18。何か本名教えてあげる。」
「自分は、井上悠斗といいます。20歳です。」
「ふーん、そうなんだ。」
「ここらへんにはよく来てるんですか? 」
「来てるってよりかは“住んでる”って言ったほうが近いかもね。学校行ってないしバイトしたくないし、お金手に入れるのはパパ活っていうか、だいたいはおじさんだけど“そういうこと”をするの。財布にあるお金持ってかれたり、レイプされたりしたこともある。私たちを食い物にしているのは分かっているけど、誰だってお金がないと困るでしょ。」
「でも、家族が心配するんじゃ?」
「“家族”なんていないわよ。父親はあたしが生まれた時には居なくなってたし、母親からは殴られて虐待されたし。お金のためなら自分の若さなんて使い果たしてやる。それで「推し活」するんだよ。“メン地下”に会いに行くの。ご飯は一日一食でもいいけど“推し”には毎日会わなくちゃ。“偉いね”、“頑張ってるね”って慰めてくれるし。病むほど推すの。これが、あたしの“生きるための道“っていう感じ?そうだ、あと見てみて、これ“リスピン”。」そう言って、左腕を見せた。そこには、安全ピンが何本も血管と平行になるように刺されていた。
「この瞬間だけ楽になるっていうか、本当の自分でいられる感じがして、“生きてるー! ”って感じるんだよね。なんなら、こっちも見てよ。」笑いながら、あんりは右腕を同じように見せた。
「リスニャン、可愛いでしょ? 」右腕には、黒のマジックペンのようなもので小さく猫のイラストが幾つも書かれていた。
「こっちは、リスカしなかった時に書くんだ。自分に“偉いね”って言って。
「そう……なんですね……。」何も言葉が出てこなかった。
「あの、もういいですか?ぶつかってすみませんでした。」
「んー、あんた気にいった。あたし、ほぼ毎日ここら辺にいるから、またここに来たらあたしのこと探してよ。また、あんたと話したい。」
「じゃあ、また。」そう言って目的もなく歩き出した。
それから、バイトの前に、歌舞伎町の近くを遠回りしながらあんりを探した。だいたい毎回、歌舞伎町タワーの近くの路地で会うことが多かった。そして、だいたい、「時間あるなら、ちょっと付き合ってくれない?」と言われゲーセンやファミレスに一緒に“行かされ”た。一緒に時間を共に過ごすなかで、あんりのことを「親友」でもあり「同士」のように認識するようになった。
歌舞伎町の通りを一緒に歩いていると、ほぼ毎回キャッチが茶々を入れてくる。
「お兄さんたち、カップル? ここで飲んでかない?他と比べてウチは安いよ?」
「あたしら、“友達”だから!ハハハ! 」
あんりに腕を引っ張られ、走り出した。
初めてあんりと会った時と同じように、私は腕を引っ張られた。
「いきなり走らないでよ、びっくりするから。」困惑しながら、笑ってあんりに言った。
「ごめんごめん、ちょっとからかいたくなっちゃって。へへ。」
「なんだよ、それ。」
「でも、悠斗があたしをホテルに連れて行ってセックスしないことは、あたし分かってるからね? 」
「うん、そうだね、俺は“優しい”から!」思わず笑みがこぼれた。
「別に、悠斗が男のこと好きでもあたしは気にしないから。逆に、あたしに“乱暴”しないから一緒にいれて安心してるんだよ? 分かってる? 」
「わ、分かってるよ、それくらい。ってかライン交換しようよ。こんな古典的な方法で運ゲーみたいなことしなくてもいいんだから。」
「でも、こっちの方が良くない? 」
「そう言われたら、まぁそっか。じゃ、もう行くわ。じゃ、また。」
そう言ってあんりに手を振りながら、御苑の方へ歩き始めた。
出勤時間まで潰すためにふらふらと特に何の目的もなく、ぼんやりと歩いていたらラブホ街に来てしまった。新宿駅から新宿御苑の方へ向かっていたから問題ないのだけれど。体が吸い寄せられるように歩き始めていた。反対側から、小綺麗な新人女子アナみたいな女の人が通り過ぎた。隣に体格の良い男の人がいた。身長は高く、がっちりしていて胸板もありそうだ。白いタートルネックにジーンズ、腕には脱いだダッフルコート。アメフトかラグビーか柔道か何かしていたのだろう。たいてい典型的にセックスの時は女性を乱暴に扱う。まるで自分の所有物かのように。それでいて女もなぜか男の荒い息遣いとテクニックと、笑顔と男性的な荒々しさに骨抜きにされて男の乱暴なsexを受け入れてしまう。許してしまう。しかもたいてい顔立ちが整っていて社交的だ。学校一可愛いレベルの彼女がいるか、モデル級のグラマラスな体の“友達”がいる。
ラブホテルではホテルによっては男同士だと敬遠される場合も少なからずある。心配だから調べてからじゃないと、行かないことにしている。ただ男同士だというだけなのに。若いカップルもおじさんとおばさんのカップルもどこか楽しそうだ。
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