第14話 悩める手相家

 二月に入り、除霊の依頼は順調に入ってきた。去年よりも頻繁に入ってくるので、知名度が上がっている可能性がある。伊月にとっては望むところだ。

 三人で仕事に赴く度に、安都真はなにかしらのアドバイスをくれた。霊が望んでいることを見抜くのが大切。憑かれている者との間になにが起こったのか。憑いている霊は善きものか悪しきものか。裁くべきは生者か死者か。どれもこれもが伊月にとっては新たな発見で、いかに無秩序に除霊してきたかを思い知った。一歩間違えれば、依頼人は元より伊月自身も危険に晒す綱渡りのやり方だったのだ。安都真と一緒に仕事をこなす度に、嫉妬と羨望が入り混じったざわつきが胸に生じた。 

 伊月は自分の未熟さを否が応でも自覚せざるを得なかったが、同時に成長も感じ取っていた。それまでは対処できそうにないと臆していた霊に対しても、上手く立ち回るようになってきた。霊能者としての実力が確実に向上しているのだと実感できた。


 安都真たちと仕事をするようになってから二ヶ月が経過した。桜の見頃が先週で、そよ風が吹かなくても花びらが舞い散り、ちらほらと葉桜が見られる頃だ。


「伊月は自己流で仕事を請け負っていたようだけど、なにかきっかけはあったのかい?」


 安都真からの問いに、伊月はしばし言葉を失ってしまった。彼は自分のことを語ろうともしないし、他人にも無関心に思っていたからだ。人との繋がりが疎ましいとかではなく、本当に興味がないように見えていた。感情の表現が淡泊であるのも、彼の世捨て人めいた雰囲気を濃厚にしている。そんな彼から質問されたことに、軽い驚きを覚えた。


「……俺の祖父が視える人だったんだ。何度か除霊しているのを見ていたから、それで……」

「ああ、なるほど」

「けど、爺さんは霊に関わるのを嫌がってたな。除霊だって知り合いから頼まれて、渋々やってたって感じだった」

「お爺さんの考え方は正しいよ。先日のような守護を目的とした霊もいるけど、もうこの世から離れるべき存在だからね。死人とは関わらないに越したことはない」

「俺は他人にできないことをやってる爺さんが、カッコよく見えたもんだけどな」

「だから、霊能者を生業にしているかい?」

「いや、それこそきっかけだ。俺はサラリーマンには向いてないし、かといって、じゃあ、なにができるんだよって考えたときに、この能力が活かせないかなってな」

「でも、諦めるほどいろんな仕事に挑戦したわけじゃないんだろ?」


 安都真の言い方に引っ掛かりを覚えた。


「俺にやめろってのか?」

「そうじゃないよ。そう思ってたら、きみにつき合ったりはしないさ」

「おまえは……」

「ん?」

「おまえはどうなんだよ。霊を祓って回って、それでいて収入に頓着しない。よくこれまで生きてこられたな」

「僕がお祓いをするのは目的があるからで……」

「だから、その目的ってのはなんなんだ?」

「それは……まあ、いいじゃないか」


 肝心なところでお茶を濁す態度に、伊月はモヤモヤとした。形式的には師弟の関係にあるが、伊月は安都真を友人と思っている。それなのに、彼は心を開こうとしない。しかし、それを口にすると友情の押し売りみたくなると思い、責めたりできないのだ。


「人には喋らせておいて、自分はだんまりか」

「突っ掛からないでよ。安都真には安都真の事情があるの」


 それまで二人の会話を聞いていた玲佳が、横から割り込んできた。須要なときにいつも邪魔をする。伊月は玲佳に対して、ある意味では安都真以上に仲間意識を抱いているが、こういうときには鬱陶しく感じてしまう。


「伊月の除霊も、だいぶ形になってきたよ。このわから、あと何回か同行すれば卒業かな」


 その日は、そんな言葉で締めくくられた。伊月にしてみれば喜ばしいはずなのに、ごまかされたみたいで素直に受け入れることができずに別れた。



 エリカの様子がおかしいことにはすぐに気づいた。一週間以上も占い家業はご無沙汰していたので、殊更に彼女の変化は目に付いた。

 伊月はエリカのブースに入った。まだ開店時間まで二十分ある。


「あれっ? 久し振り?」

「一週間ほど来なかっただけだよ。エリカさん、どうかした?」

「どうかしたって?」

「元気ないじゃん」


 エリカはふぅ~っと息を吐いた。


「わかる? さすが占い師」

「茶化すな」


 エリカが冗談めかしているのが、逆に深刻さを伝えてきた。同業者相手にアドバイスなどおこがましいが、伊月を拒否する素振りがなかったので続けた。


「話聞くぞ? 誰かに話すだけでも軽くなることってあるだろ」


 エリカはしばらく無言で商売道具を並べていたが、視線は遠くにあった。思惑が忙しく交錯している人間がこういう仕草をする。


「……悩みってほどじゃないんだけどさ」


 エリカの手が止まり、伊月の目を覗き込んだ。媚びとまではいかないが、できれば力を貸してもらいたい。そんな視線だ。


「この数日、妙なお客さんが来てるんだよね。連日で」

「クレーマー?」

「そうじゃないの。そんなんじゃなくて、不気味っていうか得体が知れないっていうか……」


 占い師なんて鵺的な者をして得体が知れないと言わしめるとは、よほど特徴がある人物なのだろう。エリカは神秘的な雰囲気を醸し出している麗人だ。ストーカーの類いなら、解決する手段はある。


「今日も来るかな?」

「たぶんね……。あ~憂鬱」

「じゃあ、そいつが来たらパーテイションをノックして教えてくれ。様子伺ってみるから」

「占っている最中に? どうやって?」

「なんとかするから」


 伊月は濁して自分のブースに戻った。適当な理由をつけて席を立つのは可能だし、伊月の身長ならパーテイション越しに隣を覗くこともできる。

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