君にお願いしたいこと

のま

君にお願いしたいこと

「……もしもし?」


『おれ。ごめん、実花。話があるんだ』


「明日じゃダメ? えっと……今、何時?」


『夜中の三時』


「明日、仕事終わってから、いつものカフェで待ち合わせは?」


『非常識なのはわかってる。でも、おれ、今晩行かなきゃいけないんだ』


「……行くって、どこへ?」


『遠いところ。それで、実花にお願いしておきたいことが三つある』


「お願いって?」


『ひとつめ。いいかげん、眠ってくれ。実花の身体が壊れちまう』


「え? ええっ⁈ 篤史? 篤史なの?」


『寝ぼけてた? 彼氏の声、忘れんなよ』


「だって、だって……篤史は」


『死んだよな。明日で四十九日になる』


「なんで? なんで今しゃべれてるの?」


『急に事故で死んだから、お別れも言えなかったのを神様が不憫に思ってくれたのかなあ。最後に電話が通じた』


「篤史……今、どこにいるの?」


『おれは死んでから今までずっと実花のそばにいたよ。実花がいっぱい泣いて、眠ってないのも知ってる』


「会いたいよ。出てきてくれないの?」


『今、実花の隣にいるよ。ベッドの下、クマの柄のピンクのクッションの上に座ってるんだけど』


「……見えない」


『霊感ないんだろうな。いいじゃないか。おれ、たぶん酷いなりだし』


「それでも……見たいよ」


『それでさ、お願いのことなんだけど。聞いてた?』


「ううっ、えっ……眠りなさいでしょ? でも眠れないの」


『イケてるおれのこと思い浮かべて寝ろよ。夢に出てきてやる』


「あはは……うん。頑張って思い出す」


『なんだよ、それ。おれはいつだってかっこよかっただろ?』


「どうかなぁ? そうだね。逢えると思うと……眠れる気がしてきた」


『大丈夫、きっと眠れる。あと、二つめのお願いなんだけど』


「何?」


『おれの母さんのことなんだ。すでに実花が何度も会いに行ってくれてるのは知ってる。……ありがとうな』


「ううん。だって篤史とお母さん二人きりの家族だもん。お母さん、私と会う時はいつも笑顔だけど……本当は辛いと思う」


『あのさ……じつは母さん、つきあってる人がいるみたい』


「えっ⁈ そうなの?」


『死んでから母さんのこと見ていてわかった。同じ職場の人で、相手もバツイチらしい』


「……嫌なの?」


『いいや。真面目で、ちょっと不器用なくらいの人みたいだし。幽霊って便利だよね。こっちは見えないから素を観察できるというか。だから、あの人なら安心だと思った』


「そっか。私のこともずっと見てたって言ってたもんね……えっ? 着換えやお風呂も?」


『婚約までしてたのに、何をいまさら。ま、そんなに見てないよ。って、何言い訳してんだ?』


「ふふふっ」


『とにかくさ、母さんはなんかあの人のことでなんか気兼ねしてるみたいだから、もしおれが理由なんだとしたら大丈夫だって伝えて欲しいんだ』


「え〜っ? 難しいな」


『それとなくでいいんだって。生前言ってたとかでさ。くれぐれもおれが幽霊になって見てたなんて言うなよ。母さん、あれでけっこう怖がりだから』


「お母さんなら幽霊でも篤史に会いたいって言うよ」


『……ごめんな、実花にこんなこと頼んで。半年くらいでいいから』


「なんで? もうすぐ私のお義母さんになる人だもの、半年なんて」


『そうじゃなくなっただろ?』


「……悲しいこと言わないで」


『最後のお願いも言わなきゃ……だな』


「篤史?」


『……くそ、やっぱ、これは言いたくないな……』


「どうしたの?」


『いや、言わなきゃ。おれも安心して逝けないし』


「だから、何?」


『幸せになってくれ』


「漠然としててわからないよ」


『あのさ、実花は二十四歳だろ? まだ若い』


「篤史だって二つ上なだけでしょ?」


『じゃなくて! 言いたいのは……好きなヤツと結婚して長生きしてほしいってこと。おれのことは……忘れて』


「なんで今そんなこと言うの?」


『今しか言えないからだろ。おれだって辛い。でも……実花にはずっと笑顔でいて欲しいから』


「ズルいよ、そんなこと言うの。……無理に決まってる」


『実花を笑顔にするヤツにしろよ。変なヤツだったら、おれが化けて出てやる……って今、おれ、幽霊じゃん』


「あはは……もうずっと幽霊でいいから一緒にいて」


『んなこと言わないでくれ。逝けなくなるよ』


「……ずっとこうやって話してたい」


『あのさ。結局つきあって一年しか経ってないけど……おれは実花が入社してきて配属の挨拶をした時から、じつは一目惚れだった』


「そうなの? ……初めて聞いた」


『でも一応指導係って立場になったから、なんか軽々しく手が出せなくなっちゃってさ』


「私、本当のこと言うと……最初、篤史のこと苦手だった」


『やっぱりな。今思うと……きつく教えたこともあったかなって』


「うん。でも私が大失敗した時、一緒に部長に謝ってくれたじゃない?」


『そりゃ、当たり前でしょ。先輩としては』


「悩んでることとかないか、相談に乗ってくれたじゃない? 部の飲み会の時。長い愚痴みたいな泣き言も何も言わないで、黙って聞いてくれた」


『あ~、あれはね。他の男が寄ってくるといけないから、バリアーのつもりだった』


「ふふっ、そうなんだ? でも嬉しかった」


『営業部で実花のこと狙ってるヤツ結構いたんだよ。彼氏いるのかとか、おれに聞いてくるしさ。……だから、おれもちょっと焦って。指導係外れたのと同時にすぐ、告っただろ?』


「うん。驚いちゃった。そんなそぶり、かけらもなかったから」


『きついこと言った時もあったから、ダメもとだったんだけど……実花もおれが好きだったの?』


「正直、最初は全く。……でも一緒に仕事してるうちに、かっこいいなって」


『ふっ、そうか、そうか。おれって実はかっこいいんだよ』


「あ~、知らない。言いすぎた」


『実花』


「ん?」


『そろそろ電話切らないと』


「……どうして?」


『夜が明ける。明るくなってきた……実花の声が少しずつ、小さくなってるんだ』


「いや! いやだ、篤史」


『とにかく伝えたかったのは……実花を好きになって、好きになってもらえて、嬉しかった。短い間だったけど幸せだったってこと。おれは今とっても幸せな気分で逝くんだって』


「篤史」


『三つのお願い、忘れるなよ。実花がいい人生送ること、それがおれの一番の願い』


「篤史……行かないで」


『夜電話しているといつも……こうして切れなかったよな。そんな時どうしてたっけ?』


「……"せーの"で切ろうって、同時に切ってた」


『じゃあ、"せーの"、さよなら。……言って、実花。おれが逝けるように』


「……さよなら。ありがとう、篤史。大好きだよ」


『おれこそ……愛してる』


「私も愛してる」

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