第35話

彼女がトイレに行っている間にお会計を済ませておく。



彼女は申し訳なさそうにしていたが、「ありがとうございます。すごく美味しかったです」と素直に奢られてくれた。




「家まで送る」




彼女は少し考える素振りを見せたが、最寄駅を教えてくれた。



よかった、断られなくて。



彼女は行きと同様、窓の外を眺めていた。



流れる沈黙はどこか心地よかった。



あっという間に彼女の最寄駅に着いてしまう。




「今日はありがとうございました」



「ん、いーよ」




俺はハンドルに置いた腕の上に頭を乗せ、彼女を覗き込んだ。



俺って今、彼女にとってどういう存在なんだろう。



今日こそご飯には行ったものの、このままだと帰り道に送ってくれるおじさんになってしまう。



もっと、彼女に俺のこと意識してほしい。



その思いのまま、彼女に手を伸ばし、膝の上にある彼女の右手にちょんと触れた。



彼女はビクッと体を震わせ、胸元まで腕を引いてしまった。



少し強引なのはわかっていたが、俺はもう一度ゆっくりと手を伸ばして彼女の右手を引く。彼女はされるがままだ。



1回目のように腕を離されなかったことに安堵しつつ、ゆっくりと彼女の指に自分の指を絡めた。



指、ほそ。




「こうされるの、嫌?」




握る手にキュッと力を入れ、親指で彼女の手の甲を撫でた。




「…ご、ごちそうさまでした!!!」




彼女はそう言い残すと、急いで車を出て走って行ってしまった。



左手に彼女の手の感触が残っている。



肌がすべすべしてて、柔らかくて、指が細くて、力を込めたら折れちゃいそうだった。



彼女への好きがどんどん増大していく感覚が、俺には心地よかった。

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