第11話

だから、その日あのビルの前を通ったのは本当に偶然だった。



その日は社用の車で外回りをしていた。



会社に帰る途中、信号が赤になり、車を止め、ふと窓の外をぼんやりと見た。



ビルから人が出てくる。



俯いて歩いていたその人が、顔を上げた。





「…え」





思わず声がこぼれる。



その人はビル風で乱れる髪を気にする素振りも見せない。



プッと後ろの車からクラクションが鳴らされる。



信号が青になっていた。



我に帰った俺は急いで車を走らせた。




心臓が、うるさい。暑い季節などとうに過ぎ去っているのに、暑い。



こんなに胸が高鳴っているのはいつぶりだろう。



運転中だし、落ち着かないと。

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