第1話

目が覚めたとき、窓の外は薄曇りだった。

カーテンをつけていないせいで、部屋の中は朝からぼんやりと明るい。

布団の中でしばらく天井を見ていた。

何かを考えているようで、実は何も考えていなかった。


台所に行き、蛇口をひねる。

水は冷たくて、手のひらにすぐ沁み込んだ。

冷蔵庫を開けると食パンが一袋。賞味期限は見なかった。

一枚だけ手に取り、半分を口に入れてそのまま噛んだ。


淡白。

味がしないことにすっかり慣れてしまっていた。


服を着替え、サンダルを履いて外に出る。

玄関の戸を閉めると、音が思ったより大きく響いた。

足元の砂利は、朝露でまだ少し湿っていて、足裏に柔らかく沈んだ。


坂道をゆっくり下りていく。

道の両側には背の高い草が伸びていて、風に揺れるたびに細かな音を立てた。

その音を聞きながら、ただ前を見て歩いた。

遠くから鳥の声がしたが、どの鳥なのかは知らなかった。


坂を下り切ったところに、小さな川がある。

川といっても水は浅く、底の石が透けて見えるほどだ。

その川沿いの小道を少しだけ歩く。水の流れる音が耳のそばをかすめていく。


道を折れると、神社が見えてくる。

古びた鳥居の赤い塗料はもうほとんど剥げ落ちていた。

境内に一歩踏み入れると、木陰の涼しさが肌にまとわりつく。

その冷えた空気を吸いながら、いつもの場所に立つ。


手を合わせる。

祈っているわけではない。何も願っていない。

ただ、この場所に立ち、静かに目を閉じる。


風が吹き、木々が揺れた。

何も変わらない朝だった。

何も変わらない一日が、また始まった。

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