第5話 祠
天井から床まで滑らかに磨かれた小さな洞穴の祠は、数年前にカレンとルカが偶然見つけたものだった。
村の誰もがその存在を知らず、聡明なケイロン師でさえも分からないと首を横に振った。
崩壊の危険があるとして、大人たちは子供たちに中に入らないよう伝えたが、恐れ知らずのカレンは気にも留めなかった。
以来、彼女はこの場所を定期的に訪れては掃除をし、物思いに耽る様になった。
そして今日もまた──。
カレンとルカは、奥に鎮座する古びた石碑の前に膝をつき、静かに祈りを捧げていた。
「カレンって、意外と信心深いよね」
祈るカレンを横目に、ルカがふと呟く。
「ほら、私ってお父さん亡くなっちゃったでしょ? こうして祈ってたら、お父さんが新しい発明のアイデアくれないかなーって、思ってるわけ」
カレンは冗談めかして笑うが、その表情はどこか寂しげにうつった。
「それにね──」
カレンは石碑の方へ視線を向ける。
「この言葉の意味を解き明かしたら、何が起きるのか……ちょっと気になってるんだ」
ルカも彼女の視線を追うように石碑を見る。
その表面には、長い年月を経て掠れた文字が刻まれていた。
『其方の大切なものを捧げし時、閉じられた運命が再び開かれる』
その文字のすぐ下には、小さな窪みがあった。
その人工的な穴は、まるで何か特定の物を嵌め込むために作られたのだと誰もが簡単に読み取れた。
「カレンはずっと、この日を楽しみにしてたね」
ルカが微笑みながら言うと、カレンは得意げに頷いた。
「だって、これ……どう見てもゴレム・ストーン用の穴じゃない! 村の人は怖がって試そうとしなかったけど、私は違うわ!」
カレンは立ち上がり、誇らしげに胸を張る。
「だって私は天才なんだから、失敗なんて恐れないわ!」
カレンは高らかに笑った。
そんな彼女を見て、ルカは──。
「まあ、止めても無駄なんだろうね。カレンは勇者すぎるよ」
ただただ苦笑するだけだった。
「あなたが慎重すぎるだけでしょ、私はただ好奇心旺盛なだけよ」
誰がどう見ても勇敢な彼女だったが、カレンは決してそれを肯定することはない。
あまりにも堂々と言い放つカレンを見て、ルカは小さく息をついた。
彼女のそういうところが好きなのだが、同時に怖くもある。
「僕だってそうさ。ただ、怖がりなだけだよ」
そういうと、ルカは懐からゴレム・ストーンを取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでルカがやろうとしてるのよ!」
慌てたカレンがルカの手を抑える。
「何でって……カレンに何かあったら困るだろう」
ルカがさも当然かのように言うので、カレンは言葉に窮してしまった。
ルカは、顔を赤らめて固まったカレンの手を優しく振り解くと、静かに言った。
「何かあったらすぐに逃げてね」
そう言って、ゴレム・ストーンを窪みに嵌め込んだ。
──カチリ。
石はしっかりと嵌め込まれた。
しかし、それだけであった。
「……?」
ルカは小さく首を傾け、石碑をあちこち触るが、特に何も起こらない。
ゴレム・ストーンを入れ直してみようと試みるが、石はしっかり嵌待っていて外れない。
「何よこれ……動かないじゃないの!!」
カレンが声を荒げる。
「仕掛けが壊れてるんじゃないか?ほら、もう古いし」
ルカが落ち着いた口調で言うと、カレンは膝をつき、悔しげに唇を噛んだ。
「そんな……ずっと楽しみにしてたのに……」
「もしかしたら、他にやり方があるのかもしれない──今日は一旦、街に行かない?謎の解明は明日でも問題ないし、何かアイデアが浮かぶかも」
カレンは黙り込んだまま、じっと石碑を睨みつけていたが、しばらくすると気持ちが落ち着いたのか、大きく深呼吸をした。
「仕方ないわね……」
「じゃあ、決まりだね。フィオナたちと合流しよう」
ルカが手を差し伸べると、カレンはその手を取り、立ち上がった。
──いつか、絶対に謎を解き明かす。
カレンは心の中で誓いを立てると、ルカの手を引き、祠を振り返らず後にした。
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