第4話 成人式

 アルカ村の教会では、先ほどまでの喧騒がすっかり消え去り、子供たちは静かに席に着いていた。

 祭壇の前には、この村では珍しい若い僧侶──ケイロン師が立ち、厳かな声で式辞を述べている。


「──以上をもちまして、私の式辞といたします」


 そう締めくくると、ケイロン師は眼鏡の位置を軽く直し、足元に置かれた小さな箱をいくつか取り上げた。


「これより、ゴレム・ストーンの授与を行います。代表者、ルカ・タナトー──並びにカレン・デロワは前へ」


「「はい」」


 二人は席を立ち、左右から祭壇へと歩み寄る。

 ケイロン師は二人が並んだのを確認すると、それぞれに箱を手渡した。


 二人が受け取った箱は、手のひら程の大きさの質素な木箱。


「その箱の中には、君たちのゴレム・ストーンが収められています」


 ゴレム・ストーン──それは成人を迎えた者に与えられる、国からの贈り物。

 成人した者なら誰でも購入でき、決して珍しいものではない。

 それでも、初めて手にする瞬間というのは、誰にとっても特別なものだった。


「では、開けてみなさい」


 二人はケイロン師の言葉に頷き、それぞれの箱の蓋に指をかける。

 カタリ──。

 小さな音を立て、箱が開かれる。

 中に収められていたのは、燃えるような赤色の玉。

 静かに光を宿すそれは、仄かに熱を放っていた。


 カレンがそっと手に取ると、指先にじんわりとした温もりが広がる。


「成績優秀者に授与されるゴレム・ストーンは、より純度が高いとされています」


 師は穏やかに語る。


「これ以降は、親であっても他人に触れさせないようにしてください。一度でも他人の手に渡った石は、災いをもたらすとされています」


もちろん迷信に過ぎませんが、と一言付け加えると、ケイロン師は微かに微笑んだ。


「ありがとうございます、ケイロン先生。今まで頑張って来て良かったです」


 カレンが一礼すると、それに続いてルカも頭を下げる。

 その後も、授与はつつがなく行われた。



「やっと終わったー!」


 カレンが両腕を挙げて叫ぶ。

 成人式を終え、外へ出た子供たちは、緊張から解放されたように騒がしくなる。

 熱のこもった教会の空気から解放された彼らは、外のひんやりとした空気を堪能していた。


「ゴレム・ストーン、思ったより綺麗だったな!」

「私の、すっごく赤かった!カレンには負けるけど、これってやっぱり純度が高いのかな?」

「たいして変わんねえよ!」


 カレンの同級生らもまた、口々に感想を言い合いながら、楽しげに談笑していた。

 そんな中、カレンの友人の一人──フィオナがカレンに声を掛けた。


「ねえ、カレン! 私たち、エンシュウの街に行こうと思うんだけど、一緒にどう?」


 成人式を終えた若者の多くは、アルカ村に限らずそのままエンシュウの街へ遊びに行く。

 フィオナもまた例外では無かった。

 しかし、カレンは一瞬だけルカの方を見ると、すぐに首を横に振った。


「ごめん、後で合流するよ。ちょっとルカと約束があってさ」


 その言葉を聞いたフィオナは、にやりと意味深な笑みを浮かべる。


「へぇ~? まさかデートってやつ?」


「はっ!? ち、違うし!! そんなんじゃないし!!」


 カレンは顔を真っ赤にして、ぶんぶんと手を振る。

 その反応が余計に怪しいとでも言うように、フィオナはクスクスと笑った。


「ふーん? ま、いいけどね。街でまた会おうぜ!」


 ひらひらと手を振りながら、友人は下級生とともに村の外へ向かっていく。

 今日だけは家の手伝いをせずとも怒られないので、式に参列していた下級生らもこぞって羽を伸ばすのだ。


 フィオナを見送ったカレンは、未だに頬を染めながら、小さくため息をついた。

 そこへ、ルカが歩み寄ってくる。


「カレン、待たせたね」


 彼の言葉に、カレンは顔を上げる。


「そっちはもういいの?」


「うん、大丈夫。後片付けを申し出たんだけど、ケイロン先生に苦笑いされながら断られたよ」


アハハと笑い、後頭部を撫でるルカに、カレンは呆れ果てていた。


「ルカ、あんたってどこまでお人好しなの……」


 二人は同時に同じ方向へと歩き出す。

 言葉を交わさずとも、向かう先は分かっていた。

 二人にとって特別な場所──村のさらに外れ、教会の北にある小さな祠。

 二人だけが知っている、秘密の隠れ家だった。

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