第2話 親心

 ベーコンの油の匂いに包まれて、カレンは階段を降りた。

 服はいつもの明るいブラウンの長袖と短いスパッツのコーデだ。

 動きやすい装いは、彼女の活発な性格を表していた。


「やっと起きたのね。今日のご飯はトーストに、目玉焼きとベーコンよ」


 食卓にはアロマが作った料理が既に用意してあった。

 カレンが席に着いたことを確認すると、アロマも座り、トーストを手に取る。


「そうそう、今日はルカくん迎えに来ないらしいわよ」

「えっ! そうなの!?」


 カレンの幼馴染にして同級生のルカ・タナトー。

 彼はいつもカレンが食事を終えた後に迎えに来る。

 そうでない場合は、カレンを起こして学校に連れていくのが日課だった。


「僧侶さまに頼まれて、成人式の準備を朝早くから手伝っているらしいわよ」

「うへぇ〜、せっかくの成人式なのに、なんて馬鹿真面目な奴……」


 カレンはあからさまに顔をしかめ、トーストにかぶりつく。


「あんたは不真面目すぎるのよ。もう少し立派に振舞ってくれたら私に似て文句無しの美人なんだけどねぇ」


 カレンは不貞腐れながら、一口で目玉焼きを平らげる。

 そのままベーコンを口に頬張ると。


「……ごちそうさま」


 話を切り上げ、手を合わせて素早く食器を片付ける。


「全く、まだまだ子供ね。あなた、成人式が終わったらそのままエンシュウの街に行くでしょう。お小遣い上げるわよ」


 アロマが懐から銀貨を数枚取り出すと、カレンは目を輝かせ、奪い取るように金貨をポケットにしまい込んだ。


「ありがとう、ママ!」


 それだけいうと、階段を素早く駆け上っていった。


(……この様子じゃ、ルカくんはまだしばらく苦労しそうね)


 アロマはため息をついて呟いた。



 焦げ茶色の四角い鞄に銀貨を押し込み、それを肩に背負う。

 成人式までにまだ時間があることを確認したカレンは、散らばっていた書類を整理することにした。


 カレンはその外向的で無遠慮で無鉄砲な性格に反して、頭脳は天才と呼ばれる程に賢かった。

 それも当然、彼女の父親は元々宮廷のゴレット技師であり、特にゴレットの補助パーツに長けていた。

 父は間違いを犯し、処刑されたが、才能は娘に受け継がれていた。

 カレンは子供の頃からゴレットに装着するパーツを考えるのが趣味で、時折こうして設計図を書きたくなるのだった。


 忘れ物がないことを確認したカレンは、玄関へと向かった。


「いってきます、ママ」

「いってらっしゃい、カレン」


 もうあと何回このやり取りを繰り返すことになるのだろうか。

 そんな親の心子知らず、カレンは勢いよく外へ飛び出した。

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