第12話 『君の手をとって』

 夜の静寂の中、星降堂の扉にそっと手を添えた。


 「今日も開店ですね」


 私が微笑むと、カウンターの奥にいた店主——あの謎めいた青年は、静かに視線を上げた。


 「……ああ」


 彼の声はどこか遠く、今夜はいつもより静かだった。


 この店で働き始めて、どれくらい経っただろう。夜にだけ開く書店、ここで本を手にした人は、その夜『運命の夢』を見る。


 それがただの噂だと笑う人もいた。でも、私は知っている。これまでに訪れた誰もが、夢を見て、それぞれの道を歩き始めたことを。


 そして——私自身も。


 「あなたが、最後に夢を見る番ですよ」


 青年の言葉に、私は一瞬息をのんだ。


 「……どういう意味ですか?」


 彼はそっと、一冊の本を差し出した。


 「今夜、君が選ぶ本は、君自身の運命を映し出す夢を見せる。ずっと、そう決まっていたんだ」


 「決まっていた……?」


 彼の瞳には、どこか寂しげな光が宿っていた。


 「君は、ずっと気づいていただろう。この店が、ただの本屋ではないことを」


 私は静かに本を受け取った。装丁の古びた一冊。タイトルは——『君の手をとって』。


 心臓が、高鳴った。


 ◇◇◇


 夢の中。


 そこは見覚えのある書店——けれど、今とは少し違っていた。背の高い本棚が無数に並び、窓の外には星が降るように輝いている。


 「……ここは?」


 ふと振り向くと、彼がいた。


 「やっと来たね」


 店主の青年。けれど、その姿はどこか透けるように儚い。


 「この店は、もともと僕の願いから生まれたんだ。『人が運命に気づく場所』を作りたくて」


 「……あなたは?」


 「僕はこの店そのものなんだよ」


 彼は微笑みながら、そっと手を差し出した。


 「でも、僕の役目はもう終わる。君がこの店を継ぐなら——」


 私は彼の手を取った。


 温かかった。


 「私が……?」


 「君は、この店でたくさんの出会いを見てきた。運命を信じる人たちを見てきた。だから——」


 光が、世界を包み込む。


 ◇◇◇


 目が覚めると、店の扉の前にいた。


 朝日が差し込む。星降堂は、そこにあった。


 しかし——カウンターにいるはずの彼の姿はなかった。


 私の手の中には、一冊の本があった。


 『君の手をとって』。


 そっとページをめくる。そこには、彼の筆跡でこう書かれていた。


 ——この店を、託します。


 涙がこぼれそうになる。でも、私は微笑んだ。


 夜が来る。


 私は、扉を開く。


 新たな物語が始まる——これからも、この店で。


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【PV155達成】『星降る夜に、君の手を』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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